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北海道放送(HBC)のコロナ禍での取り組み

【全国に先駆けて一斉休校が決まるなど、新型コロナに翻弄され続けた北海道。地元のテレビ局は何を、どう報じてきたか。】

山﨑裕侍(HBC報道部編集長)

突然の「緊急事態宣言」

 2020年2月28日午後4時半、はじまりは急きょ飛び込んできたTBSの独自ニュースだった。「政府が『住民に不要不急の外出を控えるよう』北海道に要請する方向で調整していることが分かった」と報じたのだ。HBCの報道部にとっては寝耳に水で、ひっくり返ったような騒ぎになった。その後、私たちの取材で、知事が午後5時半から道庁でテレビ会議を開き、緊急メッセージを道民に向けて発信するという情報を掴んだ。HBCは当時午後3時44分から3時間の報道情報番組「今日ドキッ!」を生放送していたが、急きょ予定を切り替えて、午後5時半からの会議を生中継した。いざ会議がはじまり、知事から発せられたのは独自の「緊急事態宣言」だった。
 予兆はあった。北海道では1月28日に最初の新型コロナウイルスの感染者が出たのを皮切りに、全国で最も感染が拡大する地域となった。知事の宣言の数日前には北見の展示会で集団感染が発生。全国に先駆けて学校の一斉休校も決まった。
 知事は午後6時10分から開いた記者会見で、「私の立場ではお願いしかできない」と法的根拠がないことを明らかにし、あくまでも政治決断を強調した。学校の休校にしても外出自粛要請にしても、記者会見では科学的根拠を示すことはなかった。
 前例のない事態に、どうやって根拠を見い出し対応するか。行政だけでなく、報道現場も手探りの状態だった。

【「大きく変わる報道と現場の議論」に続く】

大きく変わる報道と現場の議論

 新型コロナで報道は大きく変わった。道庁や札幌市が新規感染者の記者会見を行えば、その都度「今日ドキッ!」で生中継した。担当者が感染者の年代や性別、居住地、症状などを淡々と読み上げる。感染者が数十人にのぼり、20分も延々と生で記者会見を伝える日もあった。知事の臨時記者会見も夕方に行われることが多く、民放各局すべて中継に切り替えることも少なくなかった。
 ある日の反省会で議論になった。
 「まるで知事の記者会見を垂れ流しじゃないか。こんなの報道ではない」
 「だけど視聴者が知りたい情報であり、生番組だから中継する意味がある」
 4月に感染が拡大するなか、記者会見など行政の発表が報道の中心となり、しっかりとした検証取材ができないことにもどかしさを覚えた。限られた放送時間のなか、テレビがいま伝えるべき情報は何か。明確な答えはいまもない。
 番組の制作体制も大きく変わった。独自の緊急事態宣言によって外出自粛が要請されたため、「今日ドキッ!」で放送していたグルメ中継や街歩き特集などレギュラーコーナーを中止せざるを得なかった。3時間の生放送をほぼ新型コロナのニュースで埋めなければならない。報道部以外のスタッフがニュースの応援に来てくれたが、記者経験がないため「裏を取る」とはどういうことか、いちから教えることもあった。それでも人手が欲しい。新型コロナを戦争にたとえる識者もいるが、報道現場では災害と同じだった。当時政治担当キャップだった大佐賀南デスクは「胆振東部地震のときは発災時が最も大変で、時間が経てば落ち着くという見通しが持てた。しかしコロナはこのあとどうなるか誰もわからない、どんどん状況がひどくなることが取材していて不安だった」と振り返る。

番組で心がけたのは「冷静さ」と生活情報

 番組では専門家をスタジオに招き、新型コロナについて「分かっていること」「分からないこと」を冷静に伝えようと心がけた。さらに自治体や保健所の相談窓口の連絡先、不足していたマスクや消毒液の在庫のあるスーパーなどの生活情報も細かく伝えた。放送に際して以下の点を注意した。
 ▽感染の防止のための正確な情報を提供する
 ▽周辺住民や視聴者に対し必要以上に不安を煽らない
 ▽感染者のプライバシーを保護する
 ▽感染者、感染の可能性がある人が確認された地域に対する差別や偏見を助長しない

5④画像②生活情報

「私たちの感染対策は?」記者の安全と報道の使命

 記者の安全と報道の使命をいかに両立させるかも課題だった。
 例えばクラスターの取材。道庁や札幌市の発表は匿名が多い。なぜクラスターが起きたのか、感染対策のどこがまずかったのか、記者会見では「調査中」を理由にくわしい情報を出さないこともある。当然、現場を割り出すためには事件取材のような「地取り」が必要になる。ある日、記者にクラスターの現場を割り出すため取材に行くよう指示すると「私たちの感染対策はどうすればいいんですか?」と問われた。確かにそうだ。彼らは記者である前に人間だ。災害現場の取材が安全確保とリスク管理が重要なのと同じだ。私たちは取材する際のルールを作った。
 ▽感染者は対面で取材しない。取材する場合は電話やオンラインの手段を使う
 ▽濃厚接触者を取材する際は距離をとり、換気がされている場所で行う
 ▽マスクを着用し、取材後の手洗いやアルコール消毒を徹底する
 ▽感染現場は消毒後に取材し、飛沫がついている可能性のあるものは触れない
 幸いなことに4月19日現在、報道部内で感染者は出ていない。
 取材で貴重な情報源となったのはHBCがホームページに作った特設サイトに寄せられる情報やSNS上での投稿だった。当初、感染者にたどり着くことが難しかったが、SNSで自ら感染を公表する人が現れてきた。そうした人たちにアプローチをしてインタビューにつながることも多かった。SNSは重要な取材手法となった。

コロナの中での「小さな声」を伝えたい

 新型コロナは私たちの社会が実はいかに脆弱なものだったかを浮き彫りにした。病床やマスクといった医療資源の不足が明らかになり、私たちは社会の中でしわ寄せを受ける人たちにコロナがどんな影響を及ぼしているか調べた。生活困窮者の取材をしていた記者は支援団体の活動に再び同行した。発達障害のある子どもを受け入れるデイサービスは、マスクや消毒液が不足するなか、子どもたちを受け入れていた。DV被害者の支援団体はコロナによって解雇されるなどした女性専用のシェルターを作った。十勝の農場では技能実習生が帰国できず、不安を抱えたまま働いていた。困窮する若者へ物資を届けようと奔走する人たちもいた。「緊急事態」という「大きな言葉」によって、小さな声はますます小さくなり、かき消えそうだった。そんな声をいかに聴き取り伝えられるか、報道の正念場だった。

第3波襲来、医療従事者の苦闘を伝える工夫

 11月、乾燥し気温が低くなった道内は第3波に見舞われた。5日には新規感染者がはじめて100人を超え、20日には過去最多となる304人となった。第3波はそれまでと比べ物にならないほど急速に拡大した。
 報道も変質した。「きょうの新規感染者は最多更新へ」昼ニュースは各局で速報合戦の様相となった。取材する政治担当の記者は道庁幹部から「テレビ局は数字しか関心がないのか」と苦々しく言われたこともあった。ニュースとしていち早く情報を伝える意味はある。だが数字では伝えられない感染者の苦しみ、医療従事者の懸命な努力があることも想像できた。当事者に会い、現場を取材したいのだが、感染対策を理由に取材を断られるケースが相次いだ。第1波や第2波では考えられない状況だった。
 第3波では旭川市の医療が危機に陥った。市内の病院や障害者施設など3か所でクラスターが発生し、自衛隊が災害派遣された。新型コロナの重症患者を受け入れている医療現場を取材したいと思い、私と旧知の間柄だった旭川医科大学病院の古川博之病院長にかけあい、取材の許可をもらった。だが感染対策を理由に報道機関すらも病院の敷地内に入れない状況だった。そこで使ったのが小型カメラ(GoPro)を医師や看護師の首にかけて撮影する手法だ。この手法は杉本岳洋記者が去年7月、別の病院を取材したときに編み出したものだ。数時間に及ぶ録画は途中で撮影を止めたり、ズームアップしたりするなど恣意的なものはなく、目の前で起きたことが「すべて記録」される。画像をあとでチェックし、撮影時の状況や医療行為について詳細に聞き取り、取材の再現性を確保できた。

5④画像③旭川医大学長発言

 旭川医科大をめぐっては吉田学長が患者の受け入れを拒否していたことが古川病院長の告発で明らかになり、HBCが最初に報じた。吉田学長は14年間も学長の座に就いて絶大な権力を振るっていた。古川病院長は報道機関の取材に応じて学内を混乱させたなどの理由で解任された。コロナ禍において、世界各地で権威主義が横行し民主主義の危機が指摘されている。日本の医療現場でも同じことが起きていた。報道の根本は権力の監視だ。その力がコロナ禍で弱まっている気がしてならない。感染が再拡大する背景の一つに「コロナ慣れ」が指摘されているが、報道も同じだ。取材しないことに、現場に行かないことに、権力を監視しないことに、慣れてはならない。

<執筆者略歴>
山﨑裕侍(やまざき・ゆうじ)
1971年生まれ。94年、東京の制作プロダクション入社。98年、「ニュースステーション」専属ディレクターとして、死刑制度、少年事件、犯罪被害者、未解決事件などを継続取材。綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件の加害者取材で報道局長賞受賞。
2006年、HBC入社。12年、道警キャップ。14年、道政キャップ。16年、特集担当デスク。19年、統括編集長。21年、企画統括の編集長に担務変更。

主なディレクター作品
『命をつなぐ~臓器移植法10年・救急医療の現場から~』2007年11月25日
『赤ひげよ、さらば。~地域医療“再生”と“崩壊”の現場から~』2009年5月29日
『凍えた部屋~姉妹の“孤立死”が問うもの~』2012年5月26日
主なプロデューサー作品
『“不幸な子ども”を生きて~旧優生保護法がもたらしたもの』2018年5月27日
『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』2020年4月26日放送

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