富山発「開局以来初の地震特番」奮闘記~能登半島地震で“地震最少県”も初の震度5強を観測~
槇谷 茂博(チューリップテレビ 報道部長)
最も人手が手薄な、元日のローカル局を襲った地震
元日の富山は、北陸の冬らしいどんよりとした雲が広がっていた。神社は、一年の健康を祈る人たちで賑わい、ショッピングセンターは福袋を買い求める人たちであふれ、例年と変わらない元日の光景が広がっていた。あのときまでは…。
私は、会社から20キロほど離れた高岡市内の自宅にいた。親戚が集まる実家に向かおうとしたとき、緊急地震速報が鳴った。対象は石川県。しばらくして自宅も揺れた。石川県能登で震度5強、富山で震度3。またいつもの群発地震か…。そう思った矢先、富山県内に緊急地震速報が出た。
「また?」
今度はこれまで経験したことのない揺れに襲われた。揺れが落ち着くと、次は津波警報が出た。富山湾の沿岸部にある自宅は、津波の浸水域に含まれていないが、海抜は1.6メートルしかない。家族の避難を妻に託し、車で会社に向かった。すでに地震発生から5分が経過していた。
富山県の最大震度は観測史上県内最大となる震度5強。チューリップテレビ(TUT)の社内規定でローカル特番に差し替える基準に達していた。会社に電話しても誰も出ない。
予想される津波の高さは最大3メートル。報道部員に安全を確保し、出社できる人は出社するよう指示した。道路は避難する車で大渋滞、東日本大震災の時と同じ光景が目の前に広がっていた。報道制作局全員に招集をかけたものの、途中津波に巻き込まれることはないのだろうか…。そんな心配が頭をよぎった。
一方、富山市内の放送センターは、パニックになっていた。それもそのはず、元日はローカルニュースの枠が少ないため、最小限の人数しか配置していない。デスク1人、記者1人、アナウンサー1人、技術1人、カメラマン2人の計6人だった。しかし、幸いなことに、この日はJNN系列内の災害報道チーム「チームJ」を長く担当し、地震対応にも熟知していた人間が当番デスクだった。混乱の中、富山県内の民放の中で最も早い、地震発生から17分後の16時27分に、富山のスタジオから地震特番を開いた。これが1990年の開局以来、初めての地震特番となった。
1回目のローカル特番は16時27分から16時48分までの21分間。震度画面と情報カメラ(富山市内、滑川市内海岸線に設置)で、津波警報の発表と避難の呼びかけを繰り返した。富山で80センチの第一波の津波が観測され、これからさらに高い津波がくるおそれがあることも伝えた。
徐々に会社に人が集まりはじめる。1回目の特番終了後、ひとまず中継クルー1班(記者2、カメラ1)は氷見方面に向かった。カメラマンが撮影した地震発生時の社内映像をサーバーに取り込み、16時56分に特番を再開。しかし、自治体や警察、消防など、どこも混乱していて、全く情報が入ってこない。態勢を整えるため17時19分に2回目の特番を閉じた。
私が会社についたのはこのころだった。この時点で、県外に帰省している社員を除き、ほぼすべての報道制作局員が出社。技術部や関連会社の制作スタッフなども集まってきた。まだ誰が何をすればよいのか決まっていなかった。まず、取材クルーの差配だ。氷見方面に向かっているクルーには高台にある避難所に行き、そこから中継するよう指示。もう1クルーを富山駅に出した。同時に「L字情報及び出稿」の担当を割り振った。17時44分、富山駅からのライブ映像がつながり、3回目の特番を開いた。震源に近い氷見市のライブ映像が入ったのは地震発生から1時間46分後の17時56分ごろだった。道路は大渋滞し、避難所には大勢の人が詰めかけ大混乱していた。
その後は、報道フロアも落ち着いてきた。全国向けのJNN特番に対応するOA班とローカル特番に向けて準備する班に分かれ、ローカル特番班は社員が携帯で撮影した映像や許諾の取れたSNSの映像を素材化、ドキュメントの編集、専門家の電話インタビュー取材、交通情報、被害情報の収集を進めた。JNN特番内での全国中継は計3回。氷見市の避難所と液状化で陥没した富山市役所前の道路から今の様子を伝えた。そして、ローカル特番は、22時25分から20分間、この日のドキュメント、中継、最新の被害状況をまとめて放送した。結局、元日に放送したローカル地震特番は4回で計92分間。これは県内民放の中で最も長かった。
準備なくして成功なし 「立山が守ってくれる…」安全神話が崩壊?
とかく、富山県民は、富山は災害が少ないと信じきっている。信仰の対象として古くから立山を崇めているからかもしれないが、根拠もなく「立山連峰が守ってくれている」と信じている。富山県のHPをみると、全国的に地震や津波が少ない県だとアピールしている。
そんな安全神話が浸透する富山で、開局以来初の地震特番を、他局よりも早くかつ長く開くことができたのには理由がある。TBSテレビ報道局解説委員(災害担当)の福島隆史氏を講師に招き勉強会を重ねていたのだ。TUTは、東日本大震災以降、定期的に福島氏と災害報道の勉強会を開催していた。しかし、新型コロナで一時中断、その間に記者やアナウンサーが代わっていた。社屋の建て替えやサブの更新もあり、地震に対する初動対応は壊滅的な状況だった。そこで去年5月、福島氏に現状を説明し協力を仰いだ。福島氏は「基礎ができていない人たちを対象に2時間程度の勉強会を1回やっても、すぐに適切なOA対応ができるかというと難しい。リアルとオンラインで複数回勉強会をやり、実践対応できるまでやりましょう」と快く引き受けてくれた。
勉強会は去年6月から10月にかけて計5回開催。その後、地震想定もつくってもらいアナウンサーたちは地道に訓練していた。今回、アナウンサーがそれなりに対応できたのはこの勉強会と訓練を重ねてきたからだった。また、勉強会で、福島氏は能登地方が震源となり、富山で震度5強を観測する可能性が最も高いと指摘し、その時の対応を決めておくべきだとアドバイスをくれた。能登半島地震を予言していたのだ。この指摘を受け、編成と社内規定を再確認し、富山県内で震度5強を観測すれば、ローカル特番を速やかに開くことを申し合わせていた。こうした事前準備と頭の体操がスムーズな特番スタートにつながった。
長時間の特番を開けた理由もある。これまで、富山は大きな自然災害もなく、夕方時間帯に緊急で番組を差し替え、報道特番を開いたことはなかったが、去年6月と7月に豪雨被害が出た際に「Nスタ1部」を差し替え、緊急のローカル報道特番を開いた。その時の経験とノウハウが、今回の地震特番でいかされたのだ。
断水や道路の寸断、液状化などの被害の実態が時間経過とともに少しずつ明らかになってきたが、全容はみえない。避難所で身を寄せる人たちは、何が起きているのか分からず、余震が続く中、不安な夜を過ごしていた。県民が情報を必要としている今、その期待にこたえなければ、チューリップテレビがこの先必要とされることはない。今この時こそ、私たちローカル局の存在意義が問われている…。「生命・財産を守る報道」。この言葉がこれほど重く感じたことはなかった。
オールJNNで走り抜けた1週間
1月2日以降も積極的に特番を開いた。それを支えたのがJNN応援だ。名古屋のCBCテレビ、SBS(静岡放送)、SBC信越放送から取材クルーを計3班、中継車1台が派遣された。CBCクルーには富山駅から中継を、SBCクルーには高岡市伏木地区での液状化の取材・中継を、災害取材の経験豊富なSBSクルーにはフリーで動いてもらった。この手厚い応援がOAに反映された。他局は2か所しか中継を出していない中、富山駅と伏木、氷見市役所の給水所、断水現場の4か所から中継。被害が大きい氷見市に取材が集まる中、高岡市にも展開し、伏木地区で深刻な液状化の実態をいち早く伝えた。また、住宅の耐震化の問題や市民の命を守る市民病院が水不足で危機に陥っている現状など様々な視点の企画を放送することができた。
2日の特番では専門家として福島氏が出演。今回の地震のメカニズムなどについて解説してもらい、県民に今後の余震への注意を呼び掛けてもらった。
氷見市は能登地方と文化的交流が深く、3日にMRO北陸放送に中継の相談をしたところ、甚大な被害が出た輪島市から富山県に向けて被害状況を伝えてくれた。BSN新潟放送には9日にヘリコプターで被災地を上空から撮影してもらった。「オールJNN」の結束力で、質・量ともに他局を圧倒できたと考えている。
次への備え
1週間を過ぎると、報道の中心は石川・能登に移り、富山県内の地震のニュースが全国放送される回数は減っていった。しかし、今の私たちにはインターネットのニュースサイト「NEWS DIG」がある。水道が復旧せず長期化する避難生活を強いられている被災者や液状化で傾いたままの危険な家に住み続ける被災者、生活再建の道筋が見えず涙を流す被災者たちの悲しみ、悩み、苦しみを「NEWS DIG」で世界に発信した。そこから支援の広がりがうまれることもあった。
一方、急がなければいけないのが“次への備え”だ。地質学の専門家によると、南海トラフ地震が発生するまで能登地方の活断層の活動は終息しないという…。まずは、今回の地震で出た課題を早急に解決しなければならない。特に、優先すべきは、地震訓練の徹底、全社的な応援体制の再構築、初動対応とマニュアルの再点検だ。そして、今回の放送を振り返り、刻々と被災地の状況が変わる中、被災者が求めていた情報を提供できていたのかどうか、命を守る災害報道、減災報道ができていたのかを検証しなければならない。いつか必ずくるその時、一人でも多くの県民の命を守るために…。
この記事に関するご意見等は下記にお寄せ下さい。
chousa@tbs-mri.co.jp