少子化対策の「ずれ」の正体:人口学からみた未婚化・晩婚化
鎌田 健司(明治大学政治経済学部専任講師)
自民党会合で説明したかったこと
私がこの原稿を依頼された経緯から始めた方がよいかもしれません。2023年2月に参議院自民党事務局から「未婚化と未婚男女の属性ミスマッチ」というタイトルで依頼があり報告しました。
このときの報告内容を簡単にまとめると、以下のとおりです。
このようなことを多くの資料をもとに報告しました(※1)。
報告の時間が20分と限られていたため、要点を端折りましたが、その時点で「異次元の少子化対策」という議論が進行中で、自民党からは児童手当の第3子加算(当時は6万円)に関する話題も出ていました。そのため、子育て支援政策の効果に関する最新の動向についても紹介しました。
子育て支援の政策効果分析に関するこれまでの成果では、子育て支援が出生率を押し上げる効果が存在するものの、その効果は小さいという結論が一般的でした(※2)。
さらに、保育サービスなどの「現物給付」と児童手当のような「現金給付」では、前者の方が効果は高い傾向がある一方で、後者の効果は見えにくいということを説明しました(※3)。
この現金給付(児童手当)の効果が見えにくい、というのが、少子化対策に長らく従事されてこられた政治家の方には「効果がない」と誤解されてしまい、怒りを買ったというのが顛末になります。
少子化の主要因としての未婚化・晩婚化
人口学では少子化(※4)の主要因は未婚化・晩婚化による影響が大きいことが広く知られています。
これは、少子化の代表的な指標である「合計特殊出生率」を「結婚要因(未婚化・晩婚化)」と「夫婦の出生力要因等」に分解した研究によれば(※5)、前者の寄与が9割程度を説明するためです。夫婦の出生力は1970年代半ば以降の少子化状況下でも比較的安定的に推移してきたことがそれを裏付けています。ただし、近年は晩婚化の影響により夫婦の出生力も若干低下傾向にあります。
では、未婚化の動向をみてみましょう。総務省統計局の「国勢調査」によれば、25~29歳と30~34歳の女性の未婚率について、1970年と2020年を比較すると、25~29歳は18.1%から65.8%、30~34歳は7.2%から38.5%まで上昇しました。また、50歳の時点での未婚者の割合、人口学では「生涯未婚率」と呼ばれる指標も、1970年から2020年にかけて女性は3.3%から17.8%まで上昇しました。
未婚男女の属性ミスマッチと夫婦の出会い方の変化
男女の未婚率には属性に関するミスマッチがあり、特に30歳代以降では男性は非正規雇用で未婚率が高く、女性は高学歴でフルタイム勤務している場合に未婚率が高まるなど、非対称性が見られます(図1)。
男性の未婚率や結婚への意欲は、就業状況に大きく影響される傾向があります(※6)。同じ個人を長期間にわたって調査するパネル調査によると、男性の結婚意欲は、正規雇用のままの場合は「結婚したい」と思う人が69.1%ですが、正規から非正規へ転職した場合は62.8%、非正規雇用のままの場合は49.5%、非正規から正規雇用へ転職した場合は74.7%と急激に増加します(※6)。
女性も同様の傾向が見られますが、男性と比べて結婚意欲が6~7割程度高く、非正規雇用のままの場合も62.7%と比較的高い水準です。これからわかるのは、男性は自分の経済的安定が結婚の条件であると考えているということです。
未婚者の恋愛状況を深堀する
社人研(国立社会保障・人口問題研究所)の「出生動向基本調査」では、未婚者が独身でいる理由について調査しています(※7)。
2021年の第16回調査の結果では(複数回答、3つまで選択)、18~24歳の若い世代では、男女ともに「結婚するにはまだ若すぎるから」、「今は仕事(または学業)に打ち込みたいから」、あるいは「結婚をする必要性を感じないから」という理由が主な選択肢でした。
しかし、25~34歳になると「適当な相手にまだめぐり会わないから」が最も高くなり、「独身の自由や気楽さを失いたくないから」、「結婚をする必要性を感じないから」といった理由が増えます。
興味深いことに、「結婚をする必要性を感じないから」が両年齢層において上位に来ているのが特徴的です。子どもがほしい、子どもができるなどの特別の事情が生じない状況では、積極的に結婚を選択しないという状況が見受けられます。
「適当な相手にめぐり会わないから」というのはどういった理由によるものでしょうか。内閣府はこの問について2018年に深堀した調査を実施しています(単一回答)(※8)。
最も高い理由は「そもそも身近に、自分と同じ世代の未婚者が少ない(いない)ため、出会いの機会がほとんどない」であり、次に「そもそも人を好きになったり、結婚相手として意識することが(ほとんど)ない」、「同世代の未婚者は周囲にいるが、自分が求める条件に見合う相手がいない」と続きます。第2位の理由は衝撃的です。
このような回答は内閣府が2010年に行った「今、恋人が欲しいと思わない理由」についての調査でもみられます(複数回答)(※9)。
その理由の第1位は「自分の趣味に力を入れたい」、以下「恋愛が面倒」、「仕事や勉強に力を入れたい」と続きます。趣味や仕事・勉強に力を入れたいや、恋愛が面倒であることはある程度理解できるとして、その後の選択がなかなか深刻です。
第4位は「異性と交際するのがこわい」、第5位は「異性に興味がない」となります。出生率低下の主要因は未婚化・晩婚化といった結婚要因であることは上述したとおりですが、一部の若者は結婚以前に異性交遊から距離をとっている状況がうかがえます。
それを裏付けるように、青少年の交際行動も2000年代に入り低迷化しています。日本性教育協会が6年ごとに実施している、中学生・高校生・大学生の親密行動に関する調査においても(※10)、交際に関連する行動が、高校生・大学生において2000年代半ばから低下しています。
結婚にはどのような状況が求められているのか
内閣府が2018年に行った調査(※8)では、「結婚に必要な条件」について調査しています。男女別に選択された条件は以下の通りです:
この調査から、男女ともに「経済的な余裕」と「異性との出会いの機会」が結婚において重要な条件とされていることがわかります。
さらに、同じ調査で「結婚の希望がかないやすくなる支援・環境」についても調査しており、結果は以下の通りです。
男女ともに、「雇用の安定」「就業の継続」「住宅費用の軽減」といった経済的状況の改善と働き方に関する要件が高く評価されています。「出会いの機会」の提供に関する項目も調査されましたが、男性は6位、女性は7位で、この点に関しては公的な支援に対する優先順位は低いようです。
少子化対策の「ずれ」はなぜ生じるのか
これまで、各種調査と人口学的分析を通じて、未婚化に関する様々な要因を考察してきました。少子化の原因は時代によって異なり、また、現在の問題が解決されたからといって、少子化の問題がただちに解消されるわけではありません。
少子化に至る原因は複合的であり、単一の要因を抽出することは困難です(図2)。したがって、常にその時々の課題を明らかにし、それに対処できるかどうかを検討することが求められます。
2000年代以降、若年層や女性を中心に非正規雇用が増えることになった結果、とくに男性における正規就業と非正規就業の間の未婚率には大きな断絶がみえるようになりました。
各種調査では、結婚に必要な状況は、経済状況の改善・雇用の安定と出会いの機会が上位に挙げられています。現状での課題としては、若者の経済状況の改善・雇用の安定性を高めることが、未婚化を押しとどめる第一手と言えそうです。
では、少子化対策ではどのような対策がとられてきたのでしょうか(※11)。
少子化対策は1990年代から始まり、その過程では保育サービスの拡充や男女共同参画社会の実現が推進されました。2000年代には少子化社会対策基本法や次世代育成支援対策推進法などが制定され、少子化対策の法制化が行われます。
2010年代には、子育て支援に加えて結婚支援、地方創生、人づくり革命(幼児教育無償化等)、働き方改革などが進められ、若者の希望を実現するための総合的な対策へと展開されました。さらに、2020年代では不妊治療の保険適用拡大や「こども家庭庁」の設立など、子ども政策の一元化や支援策の拡充が行われてきています。
2020年に閣議決定された最新の「少子化社会対策大綱」では(※12)、第一の項目として「結婚・子育て世代の将来展望を支える環境づくり」が掲げられています。
この項目では、若者の雇用環境の整備や非正規雇用に対する対策、結婚資金贈与の非課税措置などが提案されています。また、自治体による結婚支援も含まれており、これらの政策は人口学的分析の結果と整合的であるといえます。
しかし、具体的な政策メニューでは、依然として子育て支援が大きな比重を占めるものとなっており、課題認識と対策に「ずれ」があるようにみえます。
ただし、子育て支援に資源を投入する理由は理解できます。なぜなら、結婚や子供を持つかどうかは、個人の選択に依存する非常に個人的な事柄であり、政府が直接的に支援することが難しいからです。
1994年に開催された国際人口開発会議(ICPD)では、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」という概念が導入され、女性の健康と生殖に関する権利を尊重する国際的な合意がなされました。これにより、過去には経済的な成長を促進するために出生抑制を奨励する政策が主に開発途上国で採用されてきましたが、ICPD以降はそのような政策が控えられるようになりました。
日本では、かつてのようにお見合いや仕事関係の出会い(「職縁」)などによる結婚が「皆婚」社会を支えていましたが、現在はそういう社会ではなくなってきています。企業で上司が結婚を促すようなことをすれば問題になりますし、親族による紹介のようなしがらみをきらって都市部に移動してくる人もいることでしょう。
結婚や子供を持つことが全ての人に求められる社会ではなくなり、多様な価値観や行動を尊重しながら、政府や地方自治体は人口減少の中で持続可能な社会を維持するための課題に立ち向かわなければなりません。
人口モメンタムと人口減少
最後に、人口構造がもつ特有の性質である「人口モメンタム」と少子化対策の関係について述べておかなければなりません。
日本の少子化は1970年代半ばから始まりましたが、実際に人口が持続的に減少し始めたのは2009年以降です。人口構造は毎年の出生、死亡、移動の影響で少しずつ変化します。そのため、少子化が進んでも、すぐに人口が減少に転じるわけではありません。
これは、それまで高い出生率で生まれた世代の規模がまだ大きいためで、出生率が低下しても、その世代からの出生数が急激には減少しないからです。このような人口の持つ慣性を「人口モメンタム」といいます。
人口モメンタムが1である場合、長期的に総人口規模は変わりません。1より高ければ総人口は増加し、1未満であれば減少します。
日本の全国総人口の人口モメンタムは1955年に1.44から1995年に1.00に低下しました(※13)。しかし、1995年までは出生率が低下しても総人口は長期的に維持できる人口構造でしたが、1996年以降は1を下回る「減少モメンタム」となりました。
この「減少モメンタム」である人口では、少子化状況が解消されたとしても、若年人口が減少しているため、出生数は減少し続けます。また、高い出生率で生まれた世代が次々と亡くなるため、出生数よりも死亡数の方が多くなり、「自然減少」による人口減少が続くため、人口減少を即座に食い止めることは難しいのです。
だからといって出生率が低いままでは、急激に人口減少が進むだけですので、長期的には出生率の上昇は必要です。女性人口は1990年代中頃から減少傾向にあるため、出生率が一定の場合、出生数は減少する状況にあります。人口モメンタムの効果により、ただちに出生率が人口置換水準である約2.1程度に上昇しても人口減少が止まるまでに数十年の年月が必要となります(※13)。
したがって政府や地方自治体は、将来の人口減少を考慮して、社会を再構築する必要があります。これには、縮減する社会に対応する制度変更や対策が含まれます。若者が学び、働き、家庭を築くためのライフコースを実現するために、経済、社会、地域社会、様々なコミュニティなど、広い視点でのアプローチが必要です。
とりわけ、保育支援や育児休業制度の重要性も高まっており、結婚や出産前後の女性の就業継続を支援し、高い水準のサービスの提供の維持が求められます。また、働き方改革を通じた男性の家事・育児参加、育児休業制度の利用など、男女がともに働き、次世代を育てることが可能な状況の創出が必要です。
近年、未婚率が上昇している主な原因は、若者の不安定な経済状況や不確実な雇用、結婚や出産に伴う女性の職業への継続が難しいことなど、働き方に関連する要因です。したがって、企業は中心的な役割を果たすことが求められ、かつ社会全体でこれらの課題を共有し、若者が望むライフコースをサポートするために、安定した雇用や柔軟な労働環境、若者の待遇向上などに取り組むことが、現在の少子化対策に最も求められていることかもしれません。
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