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「見えない」生活困窮者-どこに居て、なぜ可視化されないのか?

【路上生活者のみが「ホームレス」ではない。高止まりしている日本の相対的貧困率の背後には「見えない」困窮者の存在があり、「見えない」理由として「場所」と「意識」が考えられる】

後藤 広史(立教大学教授)

 日本社会では、2000年前後から格差に関する議論が盛んになされるようになりました。そしてその数年後には、議論の中心は格差から貧困問題へと移りました。この間、日本の相対的貧困率は、多少の上下があったものの高止まりしており(図1参照)、直近(2018年)では15.4%と、国民の約7人に1人が貧困状態にあることが明らかになっています¹。

 しかしながら、おそらく多くの人は、この数字を示されても実感がわかないのではないでしょうか。その理由は、現代社会において様々な理由から生活に困窮している人々(以下「生活困窮者」)の存在が「見えない」あるいは「見えづらく」なってきていることにあるのではないかと思われます。

 そこで本稿では、その理由について①生活困窮者が住まう「場所」と、②福祉施策を利用することの忌避感とその背景にある高い自助意識という2つの観点から論じてみたいと思います。具体的には、①については「ホームレス」と呼ばれる人々²を例に、②については、生活保護制度を例にとって説明したいと思います。

¹ 相対的貧困率とは、一定基準(貧困線)を下回る「等価可処分所得」(世帯の可処分所得【収入から税金・社会保険料等を除いたいわゆる手取り収入】を世帯人員の平方根で割って調整した所得)しか得ていない者の割合のことを指します。なお、ここでいう「貧困線」とは、等価可処分所得の中央値の半分の額を意味します。2018年の調査における貧困線は127万円で、国民の15.4%がこの額を下回る水準で暮らしていることになります。
²「ホームレス」とは状態を指す概念であり、本来は人を指す言葉として使うのは適切ではありません。しかしながら、日本社会では慣習的に人を指す言葉として用いられてきたため、煩雑さを避けるためにここではそのように用いる場合があります。

見えない「ホームレス」-多様な場所の存在

 突然ですが、あなたは「ホームレス」と聞いてどのような状況・状態にある人を思い浮かべるでしょうか?

 おそらく多くの人は「路上で暮らしている(生活している)人」と答えるのではないでしょうか。実際、筆者が全国4,500人に行った「ホームレスの人々に対する意識に関する調査」³においても、約94%の人が「路上で暮らしている人」と回答しています(表1参照)。

 「車で暮らしている人」や「24時間営業の店(ファストフード店・ネットカフェなど)で暮らしている人」の回答も少なからずありますが、「路上で暮らしている人」の割合が飛びぬけて高いことがわかります。なお、日本の法律(ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法)においても、「ホームレス」は「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」と定義されています。

 とはいえ、よく考えてみればわかるように、ホームレス状態とは文字通り「家がない状態」を意味するため、何も路上で生活している状態のみを指すわけではありません。なぜならDV等の被害にあって一時的にシェルターに身を寄せている場合なども、広い意味ではホームレス状態にあると考えることができるからです。このように考えるとホームレス状態にある人々は、「見える」路上生活者としてだけではなく、様々な場所にいて「見えない」状態で存在しているということに気が付きます。

 このような「見えない」ホームレスの人々がいる場所とはどのような場所なのか、ということを理解するうえで参考になるのが、ホームレス問題の解決を目指すNGO「FEANTSA」が作成した「European Typology of Homelessness and housing exclusion」 (ETHOS)というホームレス・住宅排除状態の分類です⁴。

 ここでは、ホームレス状態にある・住宅から排除されている状態を「Roofless」「Houseless」「Insecure」「Inadequate」の4つのカテゴリーに分類しており、例えば友人の家に身を寄せている状態や、住まいとして適さないような住居に住んでいる状態もホームレス状態、あるいは住宅から排除されている状態として捉えています。

³ 2022年3月11日~14日にかけて、インターネットのリサーチ会社に登録している全国のモニター4,500人(男女/20-69歳/5歳刻みで国勢調査の人口構成比割付)に対して行った調査(結果は未公表)。
https://www.feantsa.org/download/ethos2484215748748239888.pdf

どのくらいの人が「見えない」ホームレスとして存在しているのか?

 路上生活者という意味での「ホームレス」については、2003年以降、厚生労働省によって、毎年概数調査が行われてきました⁵。一方、「ETHOS」で分類されているような、不安定な住居に住む人々、住むことに適さないような住居に住む人々の実態については、調査方法上の困難もあり、ほとんど明らかにされてきませんでした。この点を克服することを企図してわれわれが行った調査から、日本でこうした場所にどれくらいの人々がいるのかを確認してみたいと思います。

 ここで用いるデータは、厚生労働省から委託を受けた「NPOホームレス支援全国ネットワーク」がインターネット会社を通じて行った調査です(調査時期2021年3月9日~17日)⁶。この調査は2段階の調査になっています。

 まず第1段階として、大都市圏を含む14都道府県の18歳以上の約14万人の中から地域別に層別化した39,998人を抽出して、上に述べたような幅広い意味も含むホームレス経験の有無を尋ねました。その結果、5.2%(2,061人)の人が、ホームレス経験があると回答しました。次に第2段階として、このうち過去5年以内にその経験をした725人を抽出し、具体的にどのような場所で寝泊まりをした経験があるのかを尋ねました。表2はその結果です。

 割合の高い項目から順に見ていくと、「友人・知人宅」(45.9%)の割合が最も高く、次いで「建築土木/警備/製造業における寮・社宅」(30.9%)、「インターネットカフェ」(26.9%)と続いています。他方、私たちが「ホームレス」と聞いて真っ先にイメージする「路上」は19.7%にすぎません。

 このうち「建築土木/警備/製造業における寮・社宅」については、その住まいの安定/不安定の程度は雇用形態や会社の運営方針等によってかなり異なるため、ここでの生活経験をもってホームレスの経験があると判断することはできませんが、それを差し引いても、少なくない人々が「見えない」かたちでホームレス状態を経験していることがわかります⁸。

 先ほど、こうした調査はほとんど行われてこなかったと述べましたが、今回の調査で割合が高かった「インターネットカフェ」については、例外的にいくつか調査が行われています。例えば2007年に厚生労働省職業安定局が行った調査によれば、その当時で全国に5,400人が「インターネットカフェ」で寝泊まりしていることが明らかになっています⁹。また東京都でも2017年に独自の調査を行っており¹⁰、約4,000人が寝泊まりをしていることがわかりました。しかしこれ以降、継続的な調査はなされておらず、現時点でこうした人々がどれくらいの規模で存在しているのかは定かではありません¹¹。

 いずれにせよ、ここで指摘しておきたいのは、友人・知人の家などのインフォーマルな場所や、インターネットカフェに代表されるような24時間営業の店、また仕事に付随する寮といった市場的な場所が、ホームレス状態を「見えづらくさせる」装置になっているということです¹²。

⁵ https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/63-15.html
⁶ 報告書全体はこちらからダウンロードできます。http://www.homeless-net.org/docs/2021-03_homeless-net_mhlwreport3.pdf
⁷ この発表で用いた資料はこちらからダウンロードできます。https://www.feantsaresearch.org/public/user/Observatory/2022/16th_Research_Conference/Presentations/WS_16_Kakitaetal.pdf
⁸ この調査では、安定した居所を失って「最初に」寝泊まりした場所についても単一回答で尋ねています。その結果、「友人・知人の家」が32.3%、「社員寮」、「インターネットカフェ」、「カプセルホテル」などが併せて38.5%でした。この結果は、ホームレス化=即路上生活ではなく、その過程で、様々な場所を経由してその状態へと至るケースがほとんどであること示しています。
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/08/dl/h0828-1n.pdf
¹⁰ https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2018/01/26/14.html
¹¹ 本稿は「相対的貧困率」 に関する話題から論を始めましたが、こうした人々は、その算出の根拠となる調査である「国民生活基礎調査」にすら回答していない(できていない)可能性もあります。
¹² なお、女性の生活困窮者・「ホームレス」特有の「見えづらさ」については、丸山里美 (2020)「世帯内資源配分に関する研究にみる 『世帯のなかに隠れた貧困』大原社会問題研究所雑誌(739), 8-21.などの丸山の一連の著作が参考になります。

生活保護を利用することに対する忌避感

 生活困窮者が「見えない」あるいは「見えづらい」背景には、先に述べた「場所」の存在だけでなく、福祉施策を利用することの忌避感もあります。なぜなら、生活に困窮した人々が、福祉施策をすぐに利用する(できる)ような社会であれば、少なくとも統計や報道などを通してそうした人々が可視化されると考えられるからです。

 生活困窮者のための代表的な福祉施策の一つに「生活保護制度」があります。生活保護制度は、生活に困窮していれば(厚生労働大臣が定める基準を下回れば)、困窮した理由を問わず誰しもが受けられます。しかしながら、その基準を満たしているにもかかわらず利用している割合(捕捉率)は、諸外国の同じような制度と比べてかなり低いと言われています。

 2番目に紹介したインターネット調査では、生活保護に対する意識についても尋ねています。表3はその結果です。

 約3割の人が生活保護について「今後、要件に該当しても利用したくない」と回答していることがわかります。

忌避感の要因-高い自助意識

 それではなぜ、日本では生活保護を利用することに対する忌避感が強いのでしょうか。そこには制度の仕組みの問題(幅広い範囲での扶養照会がある、原則車を保持できない、貯蓄額の制限があるなど)もありますが、利用する側の要因として日本国民の高い自助意識があると考えられます。

 先の調査では、「今後、要件に該当しても利用したくない」と回答した人々に、その理由について自由記述で尋ねています。未回答を除いた12,730人の回答について、テキストマイニングソフトであるKH Coderを使って頻出語句トップ50を見たところ、「働く」が619回で7位、「自力」が407回で9位、「自立」が352回で13位、「頑張る」が337回で15位と、高い自助意識をうかがわせるような語句が頻出していることがわかりました。

 日本社会にみられる高い自助意識は、諸外国との比較からも明らかになっています。やや古いデータですが、政府による貧しい人たちへの援助に対する意見についての国際比較¹³によれば、「政府は、貧しい人たちに対する援助を減らすべきだ」という設問に対して、日本は「どちらかと言えばそうは思わない」「そうは思わない」と回答した割合が「最も低い」国となっています。つまり政府による貧困層への援助が支持を得にくい社会であるということです。

 このような社会では、政府による支援を受けること(本稿の文脈でいえば自ら「可視化」すること)は、社会から「恥ずべき事」というように捉えられてしまい、また本人自身もそのような思いを内面化してしまいます。このような心性が、生活保護制度のような福祉施策の利用を躊躇わせ、結果として生活に困窮する人々を「見えづらく」しているのだと考えられます。

 なお、こんにちの新型コロナウイルスの感染拡大では、福祉施策(総合支援資金や住居確保給付金など)の利用者の急増というかたちで生活困窮者を可視化させました。これは一見するとこれまでの記述と矛盾するようにみえますが、そうではありません。なぜなら、それらの施策の利用者の急増の背景に、生活に困窮した理由がコロナ禍という自己責任を問われないものであったこと、またそれらの施策の利用が、あくまでコロナ禍が収まるまでの一時的なものという位置づけであったことにより、高い自助意識と抵触しなかったことがあると考えられるからです。

¹³ 厚生労働省政策統括官付政策評価官室委託(2012)「社会保障に関する国民意識調査」

生活困窮が「見える」ことを躊躇わせない社会を

 翻ってみれば、1990年の初頭における目に見える「ホームレス」の増加、2008年暮れに生じた「リーマンショック」とそれに伴う「派遣村」の開村は、いずれも生活困窮者に対する支援施策の拡充・改善を促してきました。換言すれば、生活困窮者の「可視化」がそれらに大きく寄与してきたわけです。その意味で日本社会は「見える(た)」生活困窮者への反応は悪くはないといえるでしょう。しかし一方で、「見えない」生活困窮者に対する対応は必ずしもはかばかしいとはいえません。

 病気と同じように、生活困窮も早期に発見し対応する方が、本人にとっても社会にとっても望ましいはずです。そのためには、政府や研究者が「見えない」生活困窮者の実態について調査を積極的に行い、その結果を発信をすることを通して可視化を促していくことと同時に、自助意識を緩和し、そうした人々がその状態に至っても支援を求めることができる(「見える」ことを躊躇わなくて済む)社会をつくっていく必要があると思います。

<執筆者略歴> 
後藤広史(ごとう・ひろし)。博士(社会福祉学)。社会福祉士。
立教大学コミュニティ福祉学部教授。認定NPO山友会理事。
2009年東洋大学社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程単位取得退学。
貧困・生活困窮者(特にホームレス状態にある人々)が生じるメカニズムとその実態について実証的に明らかにし、それを踏まえ彼/彼女らに対する「自立」支援の方策について、具体的な社会資源(ホームレス自立支援センター、NPO等)や地域(山谷)などをフィールドに検討している。近年では、アメリカの研究者と共同研究を行い、ホームレス状態にある人々の実態や支援施策についての比較研究を行っている。
主な論文・著書
Why Street Homelessness Has Decreased in Japan: A Comparison of Public Assistance in Japan and the US. European Journal of Homelessness _Volume, 16 (1).2022【Joint Paper】
誰がホームレス状態から「自立」しているのか?ーホームレス自立支援センターの3年間の支援記録の分析から」『貧困研究』(28),66-77.2022
・「ホームレス状態からの『脱却』に向けた支援-人間関係・自尊感情・『場』の保障」明石書店2013

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