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汚染されたニュース生態系におけるメディア・リテラシーの危険性

【コロナ禍の中、「確からしい」情報が共有されない状況下では従来のメディア・リテラシーが逆効果になる危険性があり、インターネットにおけるニュースの生態系を見直す必要がある。】

藤代裕之(法政大学教授・ジャーナリスト)

 新型コロナウイルス感染症が国内に拡大し、感染対策やワクチンなどに関して確定的な情報が失われて1年以上が過ぎた。このような「確からしい」情報が共有されない状況では従来のメディア・リテラシーが逆効果になり、フェイクニュースや陰謀論に囚われる危険性がある。社会の混乱と分断をつなぎ直すためには、インターネットにおけるニュースの生態系(生成・拡散の構造)そのものを見直す必要がある。

うさぎの穴に飛び込むな

 フェイクニュースや陰謀論に対抗するためにメディア・リテラシーが大切だ。新聞やテレビでよく聞くフレーズだが、事はそう簡単ではない。
 2021年2月にニューヨーク・タイムズオンライン版のオピニオン欄に「Don’t Go Down the Rabbit Hole リンク:https://www.nytimes.com/2021/02/18/opinion/fake-news-media-attention.html」というタイトルの記事が掲載された。サブタイトルは「Critical thinking, as we’re taught to do it, isn’t helping in the fight against misinformation.(クリティカルシンキングは間違った情報との戦いを助けない)」である。
 謎めいたタイトルは、小説「不思議の国のアリス」に由来しており、うさぎの穴は不思議の国につながっている。クリティカルシンキングのような批判的に物事を捉える方法はフェイクニュースに役立たず、むしろ陰謀論にハマっていくから注意しろ、という意味と捉えることができる。
 記事では、ワシントン州立大学バンクーバー校のマイク・カルフィールド氏が取り組むSIFTが紹介されている。SIFTは、Stop(止める)、Investigate(調べる)、Find(探す)、Trace(追跡する)の頭文字から来ている。カルフィールド氏は、ロバート・ケネディ・ジュニア(父は元司法長官のロバート・ケネディ)を例に挙げ、ウィキペディアに移動し、反ワクチン運動家で陰謀論者であることを確認。ケネディ・ジュニアの主張を検索して、ファクトチェックサイトにたどり着いている。
 このような確認作業は、まさに身につけるべきメディア・リテラシーのように見えるだろう。SIFTを習得してもらい、より正確に情報を判断できるようにすれば良い、と考えてしまいそうになる。だが、SIFTはそのような考えを否定している。30秒、60秒、90秒という短い時間で行うことが特徴で、その理由は不確実な情報から距離を取ることを学ぶことにある。
 カルフィールド氏は記事中の実演でウィキペディアを使っている。ウィキペディアは間違った記述が多くあり、大学の授業では「レポートや研究の引用元に使わないように」と指導することが多く、記事の執筆者も驚いている。SIFTでは、怪しそうだから深入りしないと判断できれば十分なのだ。君子危うきに近寄らずという方法は、自ら批判的かつ主体的に判断する力を持つべきであるという従来のメディア・リテラシーの考え方からすれば違和感があるだろう。

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主体的に判断するリテラシーの危険性

 その背景には、ニュースや情報の生態系そのものが汚染されているため、より正確な判断を求めて情報を探せば探すほど、フェイクニュースや陰謀論を発見してしまうことがある。フェイクニュースや陰謀論にたどり着いてしまえば、フィルターバブルやエコーチェンバーと呼ばれる現象が、その信念を強固なものにする。なお、go down the rabbit holeというフレーズは、インターネットで、何かを調べたり読んだりするのに長時間を費やしてしまうという意味合いでも使われている。
 実はこのNYTの記事に登場するカルフィールド氏とスタンフォード大学のサム・ワインバーグ教授には、2018年に現地を訪ねてインタビュー取材を行った。フェイクニュースの研究を行う中で、従来のメディア・リテラシーのあり方に疑問を持ち、論文や実践的な取り組みを調査していたところカルフィールド氏にたどり着いたのだ。
 まちづくりで知られるポートランドの北にあるこぢんまりとしたワシントン州立大学バンクーバー校で面会したカルフィールド氏は、膨大なコンテンツが生み出され、アルゴリズムにより届けられる仕組みによりコンテンツを見極めることが困難になっていること、学生には十分なスキルがないことを踏まえ、ウィキペディアの危険性も十分に踏まえた上で、それでもウィキペディアでも調べないよりましだと考えていると説明してくれた。
 『つながりっぱなしの日常を生きる』で知られるソーシャルメディア研究者ダナ・ボイドも、メディア・リテラシーのあり方に警告を発している一人だ。ボイドは、2016年にドナルド・トランプが勝利したアメリカ大統領選挙の騒動冷めやらぬ2017年1月に「Did Media Literacy Backfire? リンク:https://points.datasociety.net/did-media-literacy-backfire-7418c084d88d 」というタイトルの論考を公開し、フェイクニュースが選挙を歪めたのではないかという疑惑を背景に強まっていたメディア・リテラシーやファクトチェック活動は、失敗するのではないかと「予言」した。ボイドは、報道機関、科学的な出版物、専門家などを信頼できるという前提ではない別のコミュニティもあること。そして、リベラル系メディアへの不信感なども指摘している。
 2021年にはトランプ支持者による国会議事堂襲撃事件が起き、新型コロナウイルス感染症に関する陰謀論や反ワクチン論も根強く存在している。残念なことに、ボイドの「予言」は当たってしまったわけだが、国内のメディアは依然としてメディア・リテラシーの大切さを訴え続けている。

生態系の汚染に加担する報道機関

 情報を判断するには人々が情報を摂取する生態系が汚染され過ぎている、そしてその汚染には報道機関も加担している。そう指摘するのはフェイクニュース対策などに取り組むファーストドラフトのクレア・ウォードルだ。
 ウォードルは、匿名性の高い掲示板から生まれたフェイクニュースを報道機関が取り上げることで多くの人に知られる「拡散のトランペット」(図1)というモデルを提示している。

トランペット図_0524

 ウォードルは、報道機関がフェイクニュースを報じる際には、放置すれば消えたかもしれない噂に不要な「酸素」を与えるような取り上げ方をしないこと、その背景にある社会的な問題を解説する報道を増やすなど、5つの心得「5 Lessons for Reporting in an Age of Disinformation リンク:https://firstdraftnews.org/latest/5-lessons-for-reporting-in-an-age-of-disinformation/ 」を紹介している。
 シラキュース大学のホイットニー・フィリップス准教授は「The Toxins We Carry リンク:https://www.cjr.org/special_report/truth-pollution-disinformation.php 」において、事実を提示するだけでは信念を取り除くことはできないとし、ファクトチェック活動も逆効果になる場合があること、ジャーナリストは個別事象ではなく生態系全体を視野にいれる必要があると述べている。
 国内においてもウォードルらが指摘しているような報道機関のネガティブな関わりがみられる。新型コロナウイルス感染症に関連して広がった「#東京脱出」を紹介する。これは、2020年4月の感染症拡大期にツイッターで東京脱出というハッシュタグが拡散しているという朝日新聞による記事だが、ネットメディアなどの調査により「#東京脱出」は記事公開以前にはほとんど拡散していなかったことが明らかになっている。ソーシャルメディア解析で知られる東京大学の鳥海不二夫教授は、「#東京脱出」を「非実在系デマ」と名付け、フェイクニュース対策を検討している総務省の研究会にも資料が提出されている。
 筆者も「#東京脱出」に関するツイッターのデータを収集し、ツイートに含まれるテキストやURLを確認し、生成・拡散の過程を確認したところ図2のようになった。

東京脱出プロセス_0528

 フェイクニュースの元となったのは、時事通信の記事である。①それに対するネットの反応を含めたまとめサイトがコンテンツ化する。まとめサイトの本文やまとめられたツイートには「#東京脱出」は存在しておらず、②まとめサイトのツイートにハッシュタグとして付与される。それを、③朝日新聞が記事化し、タイトルにも採用した。④この記事がYahoo!ニュースに配信され、掲示板やツイッターなどに拡散していった。
 「#東京脱出」はこれで終わらなかった。新聞記事がポータルサイトに掲載されたことで、他のメディアが追いかけたのだ。日本テレビは、新宿バスタの状況を取材しているが閑散とした様子であった。だが、これが⑥まとめサイトのアノニマスポストにより、まったく逆の内容に捻じ曲げられる。さらに、⑦TBSの情報番組で話した内容の一部がニュースサイトにより切り取られ記事化され、⑧「#東京脱出」は事実化していった。⑨朝日新聞は岩手県版でこの話題を扱い、地方にも伝播していった。

「フェイク」の中核ミドルメディア

 新聞社がまとめサイトのツイートからキーワードを拾い上げ、実在していない話題を記事化するのは「捏造」といっても言い過ぎではない。新聞社が取り上げたことで、他のメディアも話題を扱う流れが生まれてしまった。「拡散のトランペット」の右端までたどり着けば、その話題を抑制することは非常に難しいことを示している。
 朝日新聞には大きな責任があるが、事実を確認せず報じるメディアの責任も重い。そして流れができると、バスターミナルは閑散としているという事実を伝えてもまとめサイトにより捻じ曲げられて拡散してしまう。不確実な情報はメディアの相互作用で成長していき、その中核にいるのがまとめサイトやニュースサイトのミドルメディアである。
 筆者の研究(藤代 2019)からフェイクニュースの作られ方は、既存メディアのコンテンツにネットの反応を組み合わせることで出来上がっていることが明らかになっている。2017年の衆議院議員選挙のフェイクニュース調査では、テレビ朝日の報道ステーションの映像がフェイクニュースの元になり、まとめサイトが付け加えた事実ではない反応をミドルメディアのニュースサイトが記事化し、ヤフーなどのポータルサイトに配信されることで拡散していった。このプロセスは「#東京脱出」と同様である。
 そして、ネットの反応や話題を取り上げているのは、まとめサイトだけではない。2016年にテレビ業界誌「GALAC」に、オリンピックエンブレムの問題を取り上げ、ネットの炎上と言うが実はテレビが話題を広げているのではないかと指摘した(藤代 2016)。だが、ソーシャルメディアでどれくらい話題なのかといったデータの確認を行わず、安易にネットの話題を取り上げる手法は拡大する一方だ。ポータルサイトには、いわゆるこたつ記事と呼ばれる手法で作られた取材が不十分な記事が並んでいる。テレビやラジオでアナウンサーや芸能人が話したこともすぐにこたつ記事に取り上げられ、それがソーシャルメディアで反応を生み出しと、メディアの相互作用により拡散していく。

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汚染に対抗するため生態系を批判的に捉えよ

 そしてこのようなニュース生態系は、いまやグローバルに広がっている。
 筆者が運営委員を務める日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)は2020年11月、ファーストドラフトのアジア太平洋地域のディレクターらを招きコロナウイルスに関連するフェイクニュースのオンラインセミナーを開催した。ここで話題になったのが日本発のフェイクニュースだ。
 内容はノーベル賞を受賞した本庶佑氏が「新型コロナウイルスは中国で人為的に生産された」と発言したというものだ(本庶氏は実際にはこうした発言をまったく行っていない)。オーストラリアでは、コロナウイルスに関する検索ワードのトレンドランキングにこの話題がトップ入りし、その数日後にはイギリスのテレビ番組の関係者がツイートしたことでイギリスでも拡散した。この端緒は、フェイクニュースやヘイトスピーチを発信していると指摘されている国内のインターネット番組であった。
 ディレクターは、国際的なネットワークによりファクトチェックが実施されたことで、対抗できたと話していた。国内ではファクトチェックも行う独立系メディア「InFact」がインドの団体から情報提供を受けて記事にしている。このようなネットワークを有する団体や報道機関は乏しい。
 ツイッターなどのプラットフォームはグローバルで、フェイクニュースは海を超えて広がっていく。国際的なネットワークに加盟し、情報共有を行うとともに、フェイクニュースを見抜くためのスキルや倫理について議論を行う必要がある。ウォードルも5つの心得で述べているように、フェイクニュースの生成・拡散を追跡し、デジタルセキュリティや倫理的な問題についても学ぶ必要がある。筆者は数年前からアジア地域のファクトチェック団体が取り組みを共有する「APAC Trusted Media Summit」に参加しているが、国内メディアの参加者は少ない。
 その理由は、メディア各社がインターネットのニュース生態系に過剰適応しようとしているからではないだろうか。従来ビジネスが厳しくなった新聞やテレビなど既存メディアは、インターネット対応の遅れを取り戻そうと取り組みを急ぎ、Yahoo!トップやキュレーションサイトに採用されるようなコンテンツを出そう、ページビューを得るためにいち早くソーシャルメディアに速報しよう、という動きが加速している。そちらに割く人員はいるが、ビジネスにならないフェイクニュースを追跡する人も部署も力が入らないということはないだろうか。
 ただ、生態系の汚染の一端となっている既存メディアがいくら社会的な課題や正義を主張しても説得力はない。さらに言えば、手間暇をかけて取材しても、アクセスを稼ぐ過激な見出しや内容のほうが得であり、究極的には本当だろうが嘘だろうが、ページビューを稼いだら「勝ち」の生態系ではフェイクニュースを作るほうが得であり、まともにニュースをつくっても究極的には無意味になってしまう。にもかかわらず過剰適応するメディアはどこに向かおうとしているのだろうか。
 既存メディアが取り組むべきは、ニュース生態系の仕組みそのものを見直すために、問題を指摘し、検証することだ。そして、ニュースの生態系に強い力を持つポータルサイトや検索エンジン、ソーシャルメディアというプラットフォーム企業が社会にどのような影響を与えているのか、フィルターバブルやエコーチェンバーを生み出すアルゴリズムという新たな権力を監視する必要がある。社会の混乱と分断をつなぎ直すためには、インターネットにおけるニュースの生態系(生成・拡散の構造)そのものを見直す必要があり、メディア・リテラシーの話はその後ということになる。

<参考文献>
藤代裕之(2016)「テレビが"ネット炎上"を加速する」『GALAC』放送批評懇談会12-15.
藤代裕之(2019)「フェイクニュース生成過程におけるミドルメディアの役割 2017 年衆議院選挙を事例として」情報通信学会誌,37(2),93-99.
藤代裕之(2020)「選挙におけるファクトチェックの課題とジャーナリズムの役割」社会情報学, 15-28.
<執筆者略歴>
藤代裕之(ふじしろ・ひろゆき)
法政大学社会学部メディア社会学科 教授 / ジャーナリスト
​法政大学大学院 メディア環境設計研究所 所長
1973年徳島県生まれ。広島大学文学部哲学科卒業、立教大学21世紀社会デザイン研究科前期課程修了。1996年徳島新聞社に入社。社会部で司法・警察、地方部で地方自治などを取材。文化部で、中高生向け紙面のリニューアルを担当。2005年goo(NTTレゾナント)。gooラボ、新サービス開発などを担当した。関西大学総合情報学部特任教授(2013-15年)。専門は、ジャーナリズム論、ソーシャルメディア論。ゼミテーマは、ソーシャルメディア時代の「伝え方」の研究と実践。著書に『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』(光文社)、編著に『ソーシャルメディア論 つながりを再設計する』(青弓社)『地域ではたらく「風の人」という選択』(ハーベスト出版、第29回地方出版文化功労賞・島根本大賞2016)など。

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