3年目を迎えるコロナ禍の今後の見通し
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3年目を迎えるコロナ禍の今後の見通し

調査情報デジタル
【コロナ禍はどのように収束していくのか。そして私たちは、その後にどんな社会を望むのかを考える時期にきている。感染症の専門家による考察】

山本 太郎(長崎大学熱帯医学研究所)

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まって2年近くが経とうとしている。中国で感染爆発が起きた当初は、専門家でも割と楽観的に捉えている人が多かった。しかし、それが世界に広がってパンデミックを起こすことが確実になった時、私たちが驚愕したのは、ワクチンも治療薬もない、まさに100年前に逆戻りしたかのような状況になったことだった。だからワクチンができた時に、これで状況が一変するのではないかと期待した。しかし、変異株の出現やブレイクスルー感染もあり、ワクチンだけでは感染を抑えることができないことが明らかになった。もはや今回のコロナウイルスが根絶されることはないだろう。一方で、オミクロン変異株の登場などの最近の状況を見ていると、このウイルスが社会の中で定着していくプロセスを着実に辿っているという印象を受ける。

 そもそも、なぜ新型コロナウイルス感染症で世界中が困惑しているかと言えば、高齢者や基礎疾患がある人が重症化しやすいからだ。それは、高齢者になってこの「新型」コロナウイルスに初めて感染したからだろう。では、10年後、20年後の社会で今回のウイルスがどうなっているかといえば、多くの人が乳幼児期にこのウイルスに感染したり、あるいはワクチンを打ったりすることによって免疫を獲得する。成長していく過程で、今回のように変異したウイルスに暴露されるけれども、かつての感染やワクチンで獲得した免疫が部分的に効いて、比較的穏やかな症状で終わる。それを繰り返しながら大人になっていく、という状況が想像できる。

 そう考える理由は少なくとも2つある。一つは、今回の新型コロナウイルス感染症でも、若い世代、特に10代以下の感染者はほとんどが無症状であるということ。少なくとも重症化する割合は極めて低い。もう一つは、自然感染やワクチン接種によって、部分的にであれ中和抗体が誘導されるという事実だ。それは、ブレイクスルー感染があったとしてもである。中和抗体とは、ウイルスの感染性や病原発現性を抑制(中和)する抗体を指す。

 また、コロナウイルスというウイルスの自然史もそれを示唆する。

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コロナウイルスの自然史

 ヒトに感染するコロナウイルスはこれまでに7種類が知られている。そのうちS A R Sコロナウイルス、M E RSコロナウイルス、今回の新型コロナウイルス(S A R S-CoV2)の3種類は時に重症化して死に至るケースもある。一方で、残りの4種類のコロナウイルス(一般的にヒトコロナウイルスと呼ばれる)は、いわゆる「風邪」の原因ウイルスであり、風邪症状のおよそ2割はこのコロナウイルスが原因と言われているが、重症化することはほとんどない。それらのウイルスも、ある時点で野生動物から人類社会に入ってきてパンデミックを起こし、私たちが集団免疫を獲得したり、子供の頃に感染したりするプロセスを経て、今のように穏やかな感染症になったと考えられる。

ヒトに感染するコロナウイルス亜科

 おそらくそうした変化は、ヒトとウイルスの共進化の結果起きてきたことだと思われる。感染すると人側は免疫を持つ。それは再び感染したときの症状を和らげる。明らかに風邪ウイルスになる方向への変化である。もう一つは、人が集団免疫を持つことで、その影響はウイルス側にも及ぶことがあるということだ。ウイルスは常にランダムな変異を起こしている。しかし、ヒトが免疫を持って感染しにくくなると、変異を起こしたものの中で、免疫システムをすり抜けたものだけが残って感染を広げていく。すると、その変異株に対する免疫があたかもワクチンの追加接種のようにヒトの免疫を強化しそれに対応してさらにウイルスも変化していく。そういった共進化の結果、重症化することのないウイルスに変化していくと考えられる。

 もう一つの教訓はロシア風邪から得られるかもしれない。ロシア風邪は、1889年に当時のロシア帝国の都市ブハラ(現在のウズベキスタンの都市)で最初に確認された。1890年にかけて世界中で流行し、1895年頃まで流行を繰り返し、当時、約15億人の世界人口のうち、100万人程が亡くなった後に収束した。1890年といえば、明治23年で、日本では第一回衆議院議員総選挙が行われた年にあたる。この風邪は、日本でも「お染風邪」と呼ばれ恐れられた。江戸時代から明治半ばにかけて、日本では感冒性流行をお染風邪と呼んでいた。人気浄瑠璃の「お染久松」から、そう呼ばれた(脚注)

 当初ロシア風邪はインフルエンザウイルスによって引き起こされたものと考えられていたが、近年、それがコロナウイルスによって引き起こされた可能性が指摘され始めている。そうだとすれば、これは、今回の新型コロナウイルス感染症の今後のあり方を考える上で重要な示唆を与える。当時はまだウイルスの概念もワクチンも治療法もなかった。そうしたなかでさえ、穏やかな風邪として収束していった。それは、ヒト集団が免疫を獲得したことと、ウイルスが弱毒化していったことの二つが大きな理由だろう。

(脚注)浄瑠璃では江戸浅草の油屋の娘「お染」は、親が決めた許婚がいながら、丁稚の「久松」と深い恋に落ちる。実は「久松」は、ただの丁稚ではなく、御家再興を企てる侍だったが、これが発端となって騒動が起きる。その時に「お染」が恋に感染した様子が、流行性感冒と同じくらい強力であったことから、こうした感冒のことを、庶民は「お染風邪」と呼ぶようになった。ちなみに、庶民はこうした流行性感冒を避けるために、「久松るす(留守)」といった貼り紙をしたともいう。「この家にはあなたの好きな久松さんはいないので、お染さん(お染風邪)、あなたは来ないでください」という意味のおまじないだった。

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オミクロン株流行の意味

 ワクチン接種が進み治療薬が出てきたことで、実は、新型コロナウイルス感染症は、少しずつ弱毒化し、穏やかな症状の風邪としてヒト社会に定着していく循環に入ったのではないかと考え始めている。その意味では、オミクロン株が、感染力は強いが病原性が低いウイルス株であるとすれば、それは収束へ向けての希望にもなりうる。後から振り返ると、これが転換点だったかもしれないと。もちろん、病原性については慎重に見ていく必要があるが…。

 その際に重要なことは、収束に至るまで医療崩壊や社会機能の破綻を起こさないことだ。私は医療崩壊を2010年のハイチ地震後の医療支援で経験した。その時思ったことは、医療崩壊とはいのちの選別で、命の選別をしていると、本質的に「助けなければいけない」と考えること自体をやめてしまうということ。そしてその時起こることは、自分を納得させる都合のいい理論を自分の中で組み立てていくことだった。その行き着く先は、命を救えなくても仕方ないと、簡単に諦める社会となる。

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私たちはどんな社会を望むのか

 私たちはそろそろ、コロナウイルスとの関係においてどんな社会が望ましいのかを考える時期に来ていると思う。それは、ただ感染しないことを目指し続けるだけではなく、緩やかな感染を目指していく社会かもしれない。感染はするけれどほとんどの人が症状はない。まれに重症化した際はちゃんと医療が対応できるという社会ということになる。

 人類は、地球上の動物の中で一番多くの感染症を持っている。それは出アフリカを経て、世界中の多様な環境に広がっていった結果でもある。あるいは逆説的だが、多くの感染症に対する免疫を持っていたことで多様な環境に進出できたのかもしれない。つまり、感染症を持つということは必ずしも悪いことではなく、我々や社会全体が、その病気に対する免疫を付与されるということを意味してもいる。それは、感染症の脅威に対する強みでもある。

 自然は微生物の上に他の生物がいて成り立っている。人間も自然界の一部だとすれば、自然の法則からは逃れられない。また生態学では、社会の中でも自然の中でも、そこに参加しているプレーヤーは、何らかのかたちでシステムの安定に寄与していると考える。だとすれば、病原性のある微生物でさえ、それを完全に根絶してしまうことによる、負の影響があるかもしれない。その意味でも、ヒトは微生物も含めたさまざまな生物との共生を考えるべきだろうと以前から思ってきた。それが決して理想郷ではなく、むしろ一時的には居心地の悪い妥協の産物だとしても、である。

 自然界全体の大きな物語の中では、ウイルスと共存していくしかない。しかし一方で、社会の中には、大切な人をコロナで亡くす、といった個々の物語が無数にある。自然界全体から見れば小さな物語かも知れないが、それを切り捨てるのではなく、どうやって大きな物語の中に回収していくか、それが私たちの前にある課題だと考える。それは、どんな社会が望ましいか、明日の希望は何かを一人ひとりが考えるところからしか答えを見つけられないものだと思う。それがたぶん、今一番大切なことだろう。

<執筆者略歴>
山本 太郎(やまもと・たろう)
1990年長崎大学医学部卒。東京大学医学研究科博士課程修了。ジンバブエJICA感染症対策チーフアドバイザー、京都大学医学研究科助教授、コーネル大学感染症内科客員助教授、外務省国際協力局課長補佐等を経て、2007年から現職。
ジンバブエ、ハイチで長期に感染症対策に従事
著書:『抗生物質と人間』『感染症と文明』『新型インフルエンザ』(岩波新書)『エイズの起源』(みすず書房)『疫病と人類』(朝日新書)など。

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