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社会保障制度の申請主義の現状と課題、課題解決のための方策について

【困窮している人のための社会保障だが、「申請」しないと利用できないものが多い。だが実際には、様々な理由で「申請」までたどりつけず、窮状が続く人が多数存在する。この問題を解決する方策は】

横山 北斗(NPO法人Social Change Agency代表理事)


はじめに

「家賃支援の制度があるなんて知りませんでした。もっと早く知っていたら、家を追われることなく済んだのに」

「闘病中の生活費の支援なんてあるんですか?誰も教えてくれなかったです。利用できていたら、もっと早く仕事を休んで治療に専念して、病気がこんなに悪くなることはなかったかもしれないのに」

「突然の難病で、身体が動かしづらくなり、仕事を辞めました。え、難病患者に対する就労支援があるんですか?もっと早く知っていたら、支援を受けながら仕事を続けられたかもしれません…」

「ひとり親で収入が少なく、仕事を2つしていて、朝晩働いています。夜の22時ごろに帰ってきて、朝7時半には家を出るんです。役所に相談に行く時間なんてないんです」

「役所の福祉課で知り合いが働いているので、役所には行きたくないです。相談しているのを見つかったらどう思われるか心配で」

 これらは、相談支援の現場で、筆者が聞いた声の一部です(内容は改変しています)

 私は、社会福祉士としてNPOに所属し、相談事業を通して社会保障制度の利用をサポートする立場にあります。また、基礎自治体の社会保障制度のアクセシビリティ向上を目的とした事業や、内閣官房孤独・孤立対策室における孤独・孤立対策ホームページ(150の制度をチャットボットで自動案内するもの)企画委員会の委員としてその実装や改善に関わるなど、自治体や国の施策にも関与する立場にあります。

 2022年には、中高生を主な対象とした、短編小説形式で社会保障制度を紹介する書籍「15歳からの社会保障(日本評論社)」を刊行しました。本稿では、これらの経験を踏まえて、社会保障制度における申請主義の問題、問題解決のためのアプローチについて述べさせていただきます。

社会保障と申請主義

 社会保障の根拠は憲法の第25条にあります。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と記され、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は「生存権」と呼ばれています。わたしたち一人ひとりの生存権を実現するために整備されたのが「社会保障制度」だと言えます。

 申請主義とは一言でいうなら、公的な制度やサービスを利用する際に、窓口に自ら足を運び、「利用したいので申請します」と申し出なければならないということです。

 それ自体は私たちが選択し申請する権利を認めるものですが、権利を行使するために、自力で利用可能な制度の情報を収集/選択し、物理的/能力的に申請手続きが可能であることを前提としているので、それが難しい人たちが社会保障制度の利用から排除され、より困った状況に陥ってしまったり、生活・生命の危機に瀕したりする可能性が生じてしまうのです。

申請主義によって生じる問題とその要因

 国は社会保障を『国民の「安心」や生活の「安定」を支えるセーフティーネット』だといいます。ですが、制度の存在を知らない、内容がよくわからない、書類を書けない・揃えられない、自分の状況をうまく説明できない、役所に相談に行く時間・余裕がないといった状況にある人にとって、社会保障制度はセーフティーネットとしては機能し得ません。
 
 また、希薄な権利意識、スティグマ(支援制度を利用することを恥ずかしく思ったり、不名誉なことだと人々に感じさせる負の烙印)の存在もまた、人々を制度から排除する要因となっています。

 生活保護の捕捉率が諸外国と比較して低値であることを耳にした方はおられるかもしれませんが、各種子育て支援制度や(※1)、被用者保険加入者を対象とした所得保障である傷病手当金(※2)などにおいても同様に認知度や利用率の低さを示した調査等があります。

 なぜ、社会保障制度はセーフティーネットとしては機能し得ないのでしょうか。以下、アクセスの問題に焦点を当て5つの要因をお示しします。

① 制度を知る機会の乏しさ

 日本の社会保障制度は細かく分けると400以上存在します。しかし、厚生労働省、都道府県、基礎自治体、保険組合や労働基準監督署など、どの組織においても、全ての制度を1箇所にまとめた市民向けのホームページや広報媒体を作成・提供していません。

 そのため、市民はさまざまな組織のホームページや広報物を行き来しなければなりません。基礎自治体によっては、そもそもホームページに未記載の制度も多数あり、自治体間の情報格差も生じています。

② 制度内容の難解さ

 制度の説明文章の用語や表現には市民が日頃聞きなれない言葉【例:手当(助成または給付)、課税、非課税、減免など】が多く登場します。また利用要件も複雑なものが多く、その理解が難しいことで制度を利用できないという課題も生じています。

③ 自治体の相談窓口、支援団体の縦割り

 社会保障制度は課ごとに管轄が分かれており、例えば子育て支援課の職員はこども家庭に関する制度知識はあったとしても、障害福祉や労災、医療費軽減制度など、横断的な知識を有している職員は多くはありません。

 公式な調査等は存在しませんが、窓口職員の知識不足で、市民が本来利用できた制度を伝え漏らしていることはきっとあるでしょう。これはNPO等の支援団体も同様です(ひとり親支援団体が、こども家庭に関する支援制度以外は明るくないために伝え漏らしてしまう等)

④ 制度利用前の伴走支援の資源の地域差

 制度を利用しはじめれば、行政担当課や福祉サービスの担当者がつきますが、利用に至るまでをサポートする伴走支援の資源(NPO等)には地域差があります。

⑤ スティグマの存在

 スティグマとは、特定の人や集団に向けられる否定的なラベリングやステレオタイプのことを指します。社会保障制度においても、スティグマの存在が、「支援を利用していることを他人に知られたくない」、「誰かのお世話になることは恥ずかしい」といった考えを生み、心理的な障壁が生まれ、支援制度を利用することを阻んでしまうように働きます。

問題解決のためのアプローチとして考えられるもの

 申請主義は申請する権利を認めるもので、それ自体が”悪”ではありません。ですが、先に述べたようなさまざまな要因によって、利用に至るまでの障壁が存在しています。

 だからこそ、社会保障制度をセーフティーネットとして機能させるためには「申請する権利の行使をサポートする施策」が社会の隅々に張り巡らされていることが必要であると考えるのが筆者の立場です。

 では、公助である社会保障制度のアクセスが自助頼みであるという矛盾をどのようにすれば解消していくことができるでしょうか。ここでは以下の表(筆者作成)の通り、「情報の入手」、「申請手続き」、「申請窓口」、「情報が届きづらい人との接触機会」、「申請を伴走支援する仕組み」、「スティグマの軽減」、「教育機会」のポイントのうち、政治家等がよく口にする「プッシュ型支援」に焦点をあて、その可能性と限界についてお伝えさせていただきます。

 「プッシュ型支援」の定義は現状、その使用者によって異なっているのが現状です。本稿では「情報発信」、「訪問」、「給付」の3つに整理します。

① 情報発信

 プッシュ型の「情報発信」とは、”さまざまなシグナル・サイン・情報”を根拠に、対象者が必要としているであろう情報を”確度高い方法”で届ける支援です。

 例えば、私が委員として関わっている孤独・孤立対策ホームページは、携帯キャリア各社との連携のもと、携帯料金を滞納している人に対する情報提供先(手段はショートメッセージ)になっています。(※3)

 つまりは、携帯料金滞納をシグナル・サインとして捉え、経済的な困難を抱えているかもしれないという仮説のもと、携帯キャリアと連携し、ショートメッセージで制度情報のお知らせを行ったという事例になります。

② 訪問

 プッシュ型の訪問とは、①のようなサイン・シグナルから、その人が居住している場所が特定できる場合に、訪問を行う(その結果としての、相談・サービスの提供)という支援です。自治体によっては、福祉部が公営住宅の滞納や水道料金の滞納情報などを活用し、訪問支援を行っているところもあります。

③ 給付

 プッシュ型の「給付」とは、税情報などから、受給対象を確定し、郵送や申請手続き不要の給付を行うという支援です。

 2021年の「公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律」によって、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある災害や感染症が発生した場合に支給されるもの、経済事情の急激な変動による影響を緩和するために支給されるものについて、法的定めがなくても首相が指定した給付については、自治体が支給要件確認のためにマイナンバーを利用することが認められるようになりました。

 結果、コロナ禍以降に実施された子育て世帯や生活困窮者を対象としたいくつかの給付が特定公的給付の対象となり、自治体がマイナンバーを支給要件確認のために使うことで、市民が自ら支給要件を確認して必要書類をそろえることが不要になり、自治体から郵便でお知らせが送られてくるようになりました。

 これを児童手当や児童扶養手当、就学援助など現状の制度にも広げることができれば、制度を知らずに、利用要件を理解できずに利用ができないという状況を大きく減らしていくことができるでしょう。

 一方、プッシュ型の給付には限界もあります。現状、自治体は市民の「現時点」での所得を確認することはできないため、”急な出来事で今まさに経済的に困っている”人を特定することはできません。(例:先に述べた特定公的給付の対象となったコロナ禍の給付金で、「家計急変者」という対象が設けられ申請が必要であったのは、そのような理由からです)

 また、現物給付である介護保険サービスや障害福祉サービス、子育て支援サービスなどは、マイナンバーを利用したとしても制度対象を特定することはできません。医師の診断書や区分認定などが必要であるからです。

 プッシュ型支援について議論する際には、具体的な内容やその限界を踏まえることが必要になります。

おわりに

 本稿では、申請主義によって生じる問題とその要因、問題解決のためのアプローチについて述べました。社会保障制度の利用は私たちの権利であるにも関わらず、そのアクセスが自助頼みであるという矛盾が生じています。この現状に対して、ひとりひとりの市民にもできることがあるということを最後にお伝えしたいと思います。

① どんな社会保障制度があるか、ご自身が住まれている地域にどんな相談機関があるかを知る。

 自分や自分の身の回りの人の生活を守るために、ひとりひとりが社会保障制度について知ることはとても大切です。1時間ほど時間をつくって、インターネットで調べてみるとさまざまな相談機関があることがわかると思いますので、ぜひ余裕があるタイミングで調べてみることをおすすめします。

 私が委員として関わっている孤独・孤立対策ホームページ(150の制度をチャットボットで自動案内するもの)からもさまざまな制度が探せますのでぜひご覧になってみてください。

② 困っていそうな友人・知人・知り合いに、声をかける。

 「友人や知人などから教えてもらった/勧められた」という理由で、制度の利用に至る人と出会うことがあります。人が有する特定の他者への信頼によって、相談に行こう、申請に行こうと思える勇気をもらえることがあります。制度や相談窓口について知っていれば、声をかけやすくなるかもしれません。①とともにみなさんにお願いしたいことです。

③ もっと余裕のある人は、日常に埋め込まれた不正義に声を上げる。

 例えば、就学援助制度の申請書の入手方法に自治体間の差があります。こども経由で全員に配られる、学校の事務室にもらいに行く、オンライン申請ができるなど、住んでいる自治体によって、制度の利用しやすさが異なる状況があります。

 そういった状況に対して、例えば、自治体や議員に対して「隣の市は全員に配られるのに、なぜうちの市ではもらいに行かなければならないの?」と要望していくこともまた、現状を変えるため私たちにできることのひとつです。

長くなりましたが、最後までお読みくださりありがとうございました。

参考文献
※1 内閣府(2021)『令和3年子供の生活状況調査の分析報告書』
※2 東京都保健福祉局(2016)「がん患者の就労等に関する実態調査」
※3 孤独・孤立に関する支援制度等のプッシュ型の情報発信について(携帯電話事業者との連携)

<執筆者略歴>
横山 北斗(よこやま・ほくと)
NPO法人Social Change Agency代表理事。社会福祉士、社会福祉学修士。
大学を卒業後、医療機関に勤務したのち2015年にNPO法人を設立。
内閣官房孤独・孤立対策担当室HP企画委員会委員(2021年~)。
厚生労働省 社会保障教育の推進に関する検討会 委員(2023年~)等。

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chousa@tbs-mri.co.jp

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