コロナ禍の若者を取り巻く孤独の状況について
大空 幸星(NPO法人あなたのいばしょ 理事長)
明らかになった若者の孤独の深刻さ
2022年4月、政府は孤独・孤立の実態把握に関する全国調査の結果を公表した。本調査は、国家が幅広い世代を対象として孤独・孤立の両方について客観的指標を用いて測定した世界で初めての調査で、筆者も委員として携わった。
この調査によって、日本社会に横たわる孤独の実態が明らかになった。調査結果から見えてくるのは、若年層における孤独の深刻さだ。
孤独感が「しばしば・常にある」「時々ある」「たまにある」と答えた人の割合は、全体で36.4%だったが、最も高かったのが20~29歳で、実に44.4%が孤独を感じていると答えた。ちなみに、70~79歳で孤独を感じると答えたのは、28.7%であり、いかに若年層の孤独が深刻かが浮き彫りになった。
これまで、「孤独死」「孤立死」という言葉もあるように、孤独や孤立といった問題は、「高齢者の問題」とみなされていた。実際、高齢者を対象とした孤独の調査はこれまでも複数あったが、若年層を対象とした調査はほとんど実施されてこなかった。調査がないということは、何の対策も講じられてこなかったことを意味する。
「孤独」と「孤立」の混同
若年層の孤独について対策が講じられてこなかった原因は、「孤独」と「孤立」が混同されてきたことにも関係する。これまで、日本の社会福祉は「孤立」に焦点を当ててきた。
一般的に孤立(社会的孤立)は、家族やコミュニティとの接触がほとんどない状態とされている。若年層に対しても、「子どもの孤立を防ぐ」「若者が孤立しない社会」などと謳われてきた。
しかし、若年層は大人と比較して孤立しない場合が多い。それは、多くの若年層には家庭と学校という2つの環境が身近にあるからだ。すなわち、孤立の定義とされている「家族やコミュニティとの接触がほとんどない状態」には当てはまらない。
しかし、若年層を取り巻く問題は深刻さを増している。近年、若年層の自殺者数・虐待通告件数・不登校生徒数などは軒並み過去最悪レベルに達していることからも、それは明らかだ。つまり、孤立していなくても、周りに頼ることができずに1人で悩み苦しむ「孤独」を感じている可能性が高いのだ。
「孤独」とは主観的な概念であり、客観的概念である「孤立」とは違う。「孤独」を英訳するとLonelinessだが、これは社会的関係の不足から生じる苦痛なものとされている。すなわち、頼りたくても頼れない、話したくても話せないといった「望まない孤独」と言える。
近い概念にSolitudeがある。Solitudeは自ら望んで1人でいる状態、すなわち「望んだ孤独」だ。日本語にあてると、「孤高」という言葉が近いのではないだろうか。筆者はこのSolitudeまでも否定している訳ではなく、人間関係などに悩んだときに、あえてその関係から離れて1人で過ごすことも必要な時があると考える。
「望まない孤独」に苦しむ若年層
こうして孤立や孤独、LonelinessとSolitudeなどが混同されてきた結果、周りに人がいても誰にも頼れず「望まない孤独」を抱え苦しんできた多くの若年層に支援が届かなかった。そうした状況下で、新型コロナウイルスの感染拡大がおこり、希薄化していた若年層の繋がりは一層失われた。
私が理事長を務めるNPO法人あなたのいばしょが運営する「あなたのいばしょチャット相談」は24時間365日、年齢や性別を問わず、誰でも無料・匿名で利用できるチャット相談窓口だ。2021年の相談件数は、196,837件、その多くは29歳以下の若年層だ。
相談の内容は様々だが、「上京して1人暮らし。オンライン授業が続き、友達をつくる機会もなく、ずっとひとりぼっち。何もしなくても涙が出てくる。」といった悲痛な声が多い。ほとんどの相談者が、自ら命を絶ちたいと思うほど思い悩み、苦しんでいる。
私たちは、こうした相談者の声を常に分析・研究している。私たちの窓口には、1日約100万文字がやり取りされ、これは文庫本に換算すると約10冊分にものぼる。その膨大なテキスト・データは、人々が何に悩み、苦しんでいるのかをほぼリアルタイムで把握できる貴重な資源だ。
これらの分析・研究を進めることで、コロナ禍が長引くにつれて若者がさらに苦境に追いやられてきた現状がわかった。
コロナ禍で深刻化した「孤独」
政府は、2020年4月7日から5月25日まで一回目の緊急事態宣言を発令する。私たちは相談窓口を開設したばかりだったが、1日に50件近い相談が寄せられていた。
この期間の相談の特徴としては、「コロナ」や「不安」という言葉が相談内で多く使われていたという点だ。これは人々が「コロナ」という未知のウイルスに対する率直な不安感や恐怖心を吐露していることを表している。自分自身が感染することを恐れていたり、大切な家族が感染するかもしれないという不安を訴えている相談者も多かった。
一回目の緊急事態宣言が明けたが、社会は日常を取り戻すには至らなかった。私たちに寄せられる相談も次第に膨れ上がっていった。学校は対面授業でなくオンラインとなり、新入生は友人関係を築く機会等が奪われていた。
学校は、学生に対して社会的つながりをつくる機会の代替案を提示することに失敗し、多くの学生はひとりで孤独に耐えていた。また家にいる時間が長引いたことによる、DVや虐待に関する相談も日に日に増えていた。
一回目の緊急事態宣言が明けた2020年6月1日から同年12月31日までの半年間に寄せられた相談件数は16,178件。10代が29.4%、20代が32.6%で、全体の62%が10・20代の若者からの相談だった。月別の相談件数も次第に増加していった。
当然、相談窓口の認知が拡大したことも理由としてある。ただ、7月や9月に急激に相談が増加している事からも分かるように、この時期は著名な芸能人が相次いで亡くなったことにより、多くの人が悲しみや不安を抱いていた。そしてその結果が、相談件数に現れているのではないだろうか。
増加した「死」という言葉
年が明け、2021年1月、政府は二回目の緊急事態宣言を出す。期間は1月8日から3月21日までだった。この期間に私たちの窓口で頻繁に使われた言葉は、一回目の緊急事態宣言発令中と大きな違いがある。それは「死」という言葉がより頻繁に使われているという点だ。
コロナ禍の初期、2020年春には育児・家事など比較的限定的なストレスを抱えていた人が、芸能人の自殺報道の影響を受けるなどして、徐々に重層的な悩みを抱えるようになった。その結果として「死にたい」と考える人が増えていったのだろう。二回目の緊急事態宣言があけた2021年3月の1か月の相談件数は、8,126件にまで増加していた。
1か月の相談件数が1万件を突破したのは、二回目の緊急事態宣言があけて翌月の2021年4月。相談件数は11,084。つまり、1か月で2,000件近く相談が増えたという事になる。相談員の採用も積極的におこなっていたが、急増する相談に対応できず、応答率は低下しつつあった。
そうした状況の中で同月、三回目の緊急事態宣言が発令された。期間は2021年4月25日~6月20日まで。相談内容については、二回目の緊急事態宣言発令中と同じく、「死にたい」といったものが多かったが、特徴として「ありがとう」という言葉が使われなくなっていた。
一回目・二回目の緊急事態宣言の際には、相談内で「ありがとう」という言葉が頻繁に使われていた。「ありがとう」は主に相談員に対して投げかけられる感謝の言葉であり、相談員への感謝を示してくれる相談者が使用していた。
これは相談が急増したことにより、そもそも対応できる相談が減り、「ありがとう」という言葉が使われた相談があったとしても、対応できていない相談がそれを上回るようになったためだ。
四回目の緊急事態宣言が発令されたのは、2021年7月12日。三回目の緊急事態宣言発令中と比較すると「学校」という言葉が急増した。三回目の緊急事態宣言発令中に寄せられた学校関連の相談は全体の8.1%、四回目では14.4%となっている。このほかにも私たちの相談窓口で最も相談の多い「メンタル」カテゴリーに組み込まれている学校関連の相談も多数あった。
若年層を支える新たな仕組みの創設へ
このように緊急事態宣言が出されるたびに、「死にたい」と思うほど追い込まれる若年層が増えていた。こうした状況の下、政府も孤独・孤立対策を推進しているが、どのように若年層の孤独に向き合うのか、その具体策は見えてこない。
私たちのような相談窓口は、川に例えると最下流だ。問題を抱え、1人で「望まない孤独」を抱えた「重症者」が相談に来る。しかしより源流、すなわち「もやもやする」「ちょっと悩みがある」といった段階で、誰かとつながり、相談できる環境を構築する必要がある。
我々の窓口は、すでに逼迫しており、そうしたいわゆる「軽症者」に対応することはできない。必要なのは、地域の中で若年層の悩みに寄り添える「ゆるい繋がり」を作ることだろう。
日本の各地域には民生委員がいるが、その88.7%が60歳以上で、90歳代の方も活動している。SNSいじめに悩んでいる中学生が、スマホすら持っていない70歳のおじいさんに相談できるだろうか。若年層の日常の悩みに寄り添える存在が社会に存在していないのだ。
そこで私たちは現在、若年層同士が支えあう新たな仕組み「子ども・若者民生委員」の創設を提言している。これは主に大学生が同年代または少し下の世代の悩みにチャット相談の仕組みを使って寄り添っていく仕組みだ。この「子ども・若者民生委員」の活動を終えた後に、現在の民生委員・児童委員となってもらうことも想定している。地域の中で若年層同士が支え合い、孤独の重症化を防いでいける社会を目指したい。
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