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ドラマ「日本沈没」とコロナ、環境破壊~東仲プロデューサーインタビュー

【大きな話題となっているドラマ「日本沈没」はその制作過程でコロナ禍におそわれた。コロナ禍はドラマの内容にどう影響したか。さらに作品に込められた環境破壊への問題提起。プロデューサーの東仲恵吾氏にきいた】

 <このインタビューは2021年10月19日に行われたものです> 

2021年の「日本沈没」の企画意図

編集部 「日本沈没」は過去何度も映像化されていますが、今またこの時代にドラマ化しようとお考えになった理由や意図を、まずはお伺いしたいと思います。

東仲 原作の発表から50年以上たって、企画した理由としてはまず1つ、2021年という年が、東日本大震災から節目の10年目だということがありました。企画は3年ぐらい前に立ち上げたのですが、その当時は今よりとても「平和」な状態で、震災から10年たった時点での、いい意味でのアンチテーゼとして、こういう作品を放送する。すごくメッセージ性の高いものになるのではないかと考えました。

編集部 3年前だともちろんコロナは来てないですよね。

東仲 そうですね。そのときにロングプロットをつくっていて、そのプロットでのドラマの舞台は当然コロナとは全く関係ない世界で、構築していました。

11② 画像④ 研究センター外観

そしてコロナ禍が発生する

編集部 その後、制作者の意図と関係なくコロナが登場してくることになります。制作過程のどの辺からコロナは忍び寄ってきましたか。

東仲 ロングプロットをもとに、ある程度のレギュラー出演者が決まり、台本をつくる作業に移る中で、コロナの初期状況が起きました。2年前の10、11月ぐらいには、もう既に内容に関するいろいろなことが決まっていて、そのときにはこういう状況になることなど、まったく想定せずに進んでいました。そんな中、2月になると、日本でもコロナが少しずつ増えてきて、このコロナ禍に際して、内容としてもどれぐらい手を加えていったほうがいいのかを議論しはじめました。

 結果として2020年の3、4月に事態がロックダウンの議論にまで至った中で、内容をもう一回精査する段階に入ります。まず、2021年の放送に対して、時代設定が2021年でいいのかという問題がありました。

 なぜなら、大前提として、2021年に世の中がどうなっているかまったく想像がつかないわけです。時代設定として、2023年という先の世界にしたほうがいいのではないか。そうしたときに、コロナは昔の記憶として、言葉としては出てこないけれども、どこか奥底には視聴者と同じ状況を経てきたつもりで描くべきではないかという観点から、もう一回物語を見直した部分があります。

編集部 それはコロナというものに日本が襲われたとき、その話は避けては通れないという感じでしたか。

東仲 物語の中で、それを全くなしで描くのは厳しいというのは判断としてありました。それは時代設定を2023年にしたところで、そうだろうと思っていました。

 ただ、色濃くは描かないほうがいいとは考えました。その当時は2020年だったので、3年後ぐらいであれば、過去の記憶ぐらいで残っているのではないか、という経緯です。

編集部 ということは、登場人物たちはコロナを経験しているんですか。

東仲 経験しているという設定ではあります。

編集部 それこそ言葉には出さないけれど、コロナは一回乗り越えたんですね。

東仲 乗り越えたという設定です。準備稿の段階ではアフターコロナということで、コロナのことがセリフに入っていたこともありましたが、もともとの話として、それが主軸の物語ではないので、経験しているということは前提としてあり、それはそういうつもりでいていいと思っているんですが、あくまでも言葉として出していかないつもりでした。

11③ 画像⑤ 地震計

【引き続き「制作が進む中でのコロナの影響」に続く】

制作が進む中でのコロナの影響

編集部 制作時期としては、どのあたりの時期でつくっていたのですか。

東仲 撮影時期だけで言うと、昨年の10月から撮影に入って、今年4月の頭には撮影を終えています。総プロットみたいなものをつくっていたんですが、コロナ状況をうけて、それを修正したのが昨年の5、6月ぐらい、それをもとに1話ごとの台本をつくり始めたのが、7、8月ぐらいでした。

 そこからは追っかけっこでした。4話で関東が沈没してしまって、5話は関東が一部沈んだ後の世界を描いていくんですけれど、5話以降に関しては、12月の末から追っかけっこで、2~3週間に一篇ずつ書いていくような形でした。

 その時期のコロナの状況は、ものすごく混沌としていました。ですので、そういう状況に左右されないとはいいつつも、やはりそのときの時代感は感じながら進めていきました。その結果、昨年の5、6月に作ったプロットから、実際に台本にしていったときに、流れは少し変わってはいるんです。

編集部 それはどういった部分が変わったのでしょうか。

東仲 大きくは根本的な主人公の立ち位置です。ポスターにも書いている「信じられるリーダーはいるか」といったことです。

 もともとは、日本が沈没するという現象が起きて、「あるある」じゃないですが、そんなことが起きたら国ってこんなふうになるんじゃないかという中、その渦中に置かれながらも、何とか皆を助けるために奮闘する人を描くというのが最初からの方向性でした。

 そこで影響されたところでいうと、こういう災害が起きたときに、どういう人が国を引っ張っていくべきなのか、そういうところをものすごく如実に反映して毎話描いていったかなと思ってはいます。

 「リーダーとヒーローは違う」というのが大きなテーマなんです。アメコミのヒーローなどは、どんな困難にも立ち向かってかっこいいんですけれど、今回の主人公の天海は、ものすごく悩みますし、人間的な側面があるので間違いも犯したりする。

 でも気持ちの中に、決してうそをつかないという強い意思があり、弱い人を助けるためにきちんと向き合う。これは至極真っ当なことですけど、2つの信念、うそをつかないことと、人々を助けるために誠心誠意向き合う、真正面から向き合う。この2つを大事にしている主人公で、そういう人物こそが信じられる人だと思って描いていました。

編集部 そういった点で、具体的に流れが大きく変わった部分はありましたか。

東仲 そういう意味では、まさに5話は、もともとの準備稿から全く様変わりしています。5話はもともと関東が沈んでしまった後で、主人公が被災者をどう助けていくのか、助けるためにどう動くのかを描く回だったんです。

 しかしやはりコロナがあり、全国で皆さんが打撃を受けました。そういう意味で、リーダーである主人公が、「自分が被災者側になったとき」にどう感じるのかを描こうと考えました。

 コロナがすごく身近な脅威になり、国民全員が被災者なのだと思った中で、被災者の心情に寄り添ったもの、被災したからこそわかることを、丁寧にそれだけを描く回にしていいんじゃないかと、監督、脚本家と話をして、その方向で物語をもう一回つくり直そうと、ガラッと様変わりさせた回だったんです。

編集部 被災した人とそれを助ける人という二項対立ではなく、全員が被災者であり、その心情を描くということですね。

東仲 そうです。みんなが被災していて、経済的なものも含めて、大きな被害を受けていたので、被害を受けた側の気持ちを理解するというか、主人公がそれを理解することが、彼がより強くなるための大きなステップになるだろう、と考えて入れたのが5話だったんです。

11③ 画像⑥  田所研究室

出演者とスタッフ

編集部 演じる方やスタッフのリアクションや感じ方はいかがでしたでしょうか。

東仲 そもそも題材としての「日本沈没」は、当然フィクションですし、企画を立ち上げた当初は、オリンピックが終わって浮ついている中だから、リアリティもなく見られるんだろうな、これは面白く見られるんだろうなと思っていたのが、島こそ沈まないまでも、ほとんど経済は沈没している状態だったので、どれぐらい受け入れてもらえるだろうかということは、正直、主演の小栗さんを含めて、相当悩んでいましたね。

 また、僕と脚本の橋本さんで内容を考えているときに、どうしてもコロナの情勢がすごく見えてしまうんです。

 ですので、セリフの端々だけ切り取ると、これはコロナに対してのセリフでもおかしくないというものも出てきて、半分はそれを狙っているところもあります。

 役者の方々は、そこに対しての共感はすごくあったものの、率直な言い方をすると、それを演じて、自分がそれを出すことに対しての不安とか、相当丁寧な作業が必要だということは、本当にどの役者さんもそのように思っていらっしゃったと思います。

プロデューサーとしての想い

編集部 ご自身の気持ちとしては、もしコロナがなければ、普通に「日本沈没」として出したわけですね。そこにコロナというものがやってきて、それに取り組まれたわけですが、それはそれでどうでしょうか、やりがいというか、手応えは。

東仲 もともとこの企画の出発点には環境問題があります。今回ドラマ化した「日本沈没」の大きなテーマの1つは、沈没という現象が環境に起因するものであり、それは自分たちの手で犯してしまったものなのではないかという大きな問いかけで、今もそういうテーマで当然やってはいるんです。

 もう一つは、沈んでしまうとなったときに「祖国を失う」ことに対して、領土愛とか、日本人という民族イデオロギーみたいなものとか、そういう部分は当然原作にもありましたし、もともとそこを描こうとは思っていたので、要素として入っています。

 そのうえで、コロナが起きたことをうけて、その部分をもう一回見つめ直すと、もう少し政治というか、国のあり方とか、引っ張り方とか、こういうことが起きたときにどう過ごすべきなのか、そういうことが、今までまったくの他人事だったのが、やはり引っ張っていく人たちの存在が物すごく身近になった印象があります。政治に対して人々の関心がすごく向いている中で、これをやれるということに対しては、ものすごくセンシティブな作業が必要だと思う一方で、今やる意義というか、まさに今この2021年10月にやる意味がある作品になっているのではないかと思っています。

11② 画像⑦  会議室

実際の撮影上の苦労

編集部 内容以外に現実的にコロナでご苦労なさった点はありますか。例えばモブシーン(群衆シーン)が撮れないとか。

東仲 まさにモブシーンはすごく苦労しました。人が多いシーンは、当然なかなか撮れないので、入れられても100人とか150人とか、当時の状況的には、それもなかなか許されない範疇ですけれど、本当に特殊なシーンだけ、そういう人数を呼ばせていただきました。

 情報が出たり、いろいろな現象が起きたときに、国民がどう動くのかが魅力的な作品だと思っていたので、そういう意味では、ダイナミックなシーン、人が押し寄せてとか、そういうシーンは正直少なくて、その点は苦労したというか悔しいところです。

編集部 出演者やスタッフやの感染予防も大変でしたよね。

東仲 役者さんに限って言うと、今回すごくうまい方が多かったんです。本当に大ベテランの人たちが多いんですが、ただ、あれぐらいうまい方だと、目の動きとか口元とか、顔の表情で芝居合戦というか、芝居をし合われる。今回は感染対策として、テストまでずっとマスクをしていることが多かった。そうすると、本番までは相手の表情がちゃんと見えないので、その点は役者の方々もすごく大変だったろうと思います。

編集部 それはやりにくそうですね。

東仲 キモのシーンというか、本当に重要な「ここだ」というシーンは、リハーサルを何回かするので、「1回だけ取らせて」といって、マスクを取ってリハーサルしたこともありました。ただ、それも本当に重要なシーンで「今回だけそうしよう」みたいなことでした。

11② 画像⑧  顕微鏡と標本

環境問題とSDGs

編集部 あと1点だけお伺いします。コロナとは関係なく、この作品の一つの柱は、環境問題とSDGsですよね。

東仲 訴えかけたいことは、やはり環境破壊で、もっと言うと「今だったらまだ遅くない」ということです。自分たち一人一人が責任を持って行動すれば、こういうことは起きないのではないかと訴えるのがもともとの趣旨だったので、そこに関してだけはブレていません。最終回、ラストのシーンなども含めて、そこは忠実に描いたので、依然として環境破壊やSDGsがテーマではあるというのは変わっていません。

編集部 小松左京さんが書いたときは、そういったことはあまり考えてなかったように思いますが。

東仲 小松さんのときには、そこまでのイメージはなかったとは思います。あの当時は高度経済成長期で、世の中がすごく発展している中、環境というより、どう産業を発展させていくか、割としゃかりきになっているときの日本に対してのちょっとしたアンチテーゼだったので、完全に環境破壊イコール日本を沈めるというような方向性ではないんですけれども、何となくイズムとしては、そういうのもあったのかなと思ってはいます。

 ただ、今は2030年問題などを含めて、温暖化などの問題がすごく如実に出てきています。なので、そこにさらにフォーカスして、要素としてそこをメインにしたほうがいいと思ってつくったのが今回の作品という感じですね。

編集部 そこにこそ、令和の今、「日本沈没」をドラマにする意味があるということですね。

東仲 そうです。

編集部 どうもありがとうございました。

11② 画像⑨ 横向きの地震計

<東仲恵吾氏略歴>
東京都出身。2007年にTBS入社。
情報制作局で3年過ごした後、ドラマ制作部に所属。
主なプロデュース作品として「おカネの切れ目が恋のはじまり」、「グランメゾン東京」、「99.9―刑事専門弁護士―」、「A LIFE〜愛しき人〜」など。
演出作品として「死幣」「まっしろ」

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