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コタツ記事は生成AIに滅ぼされ、生成AIにより量産されるだろう

【ネットに氾濫する、いわゆるコタツ記事は岐路に立っている-。メディアや広告の動向に詳しい筆者はこう予想する。近い将来、コタツ記事は消え去るのか、それともさらに量産されるのか、キーワードは「情報汚染」と「生成AI」だ】

境  治(メディアコンサルタント)

大嫌いなコタツ記事にまみれる日々

 私ほど、日々コタツ記事に腹を立てる人間はいないと思う。私はテレビとネットの未来をテーマに毎日記事を書いている。テレビ番組についても、データを集めて分析し論考記事を書いて公開する。丸一日を費やしたり、それでも終わらず書き終えるのが深夜になることもある。そうやって老骨に鞭打って書いた記事が誰にも読まれず不発に終わりがっかりしていると、ニュースサイトでトップに載っているのがコタツ記事だったりする。

 番組の中でタレントがぽろりと言ったひとことを見出しに立て、開くと見出し以上の内容はなく、しかもタレントの意図が誤解されるように書いている。それがXなどでバズっていると、読んでいるスマホを叩きつけたくなるほど怒りを燃やす。

 コタツ記事は、いまやスポーツ紙や芸能誌のデジタル版のメシの種らしい。その名の通り、コタツに入ったままでテレビで見たことをそのまま書けばできてしまう、レベルの低い記事だ。若手記者が命令され書かされているとの噂も聞く。そんな記事を書いて何の修行になるのか。編集部は若手を育てる気がもうないのだろう。

 そんな私の目の前には、コタツ記事が毎日押し寄せてくる。ニュースアプリに並ぶ見出しは、私が軽蔑し憎んでいるコタツ記事だらけだ。仕事柄どうしてもテレビがらみの記事を開いてしまう私には、ニュースアプリのアルゴリズムが働いて、テレビ記事が表示される。そしてテレビ記事の半分以上がコタツ記事だ。量ったわけではないが私の主観ではそうだ。だから私は、大嫌いなコタツ記事にまみれて日々を過ごすことになる。

コタツ記事が属する「新聞・雑誌のデジタル広告」に暗雲

 だがコタツ記事のライター諸君に教えてあげよう。君たちの仕事は今や、風前の灯だ。今年2月に電通が発表した「日本の広告費2023」を見て私は衝撃を受けた。

 電通の発表には2018年以来、インターネット広告費の中に「マス四媒体由来のデジタル広告費」の欄ができた。新聞や雑誌のデジタル版もこの中に入る。つまりコタツ記事もそこに含まれるのだ。その数字は、「新聞デジタル」も「雑誌デジタル」も順調に伸びていた。旧メディアの広告費は下降が続いても、インターネット広告費はぐんぐん伸びている。だから新聞や雑誌のデジタル版はその勢いの中に身を置くことで一緒に伸びていた。それが、2023年の数字は意外なことになっていた。

 これまで、インターネット広告費の伸びに準じていた「新聞デジタル」「雑誌デジタル」だったが、前者は前年より下がり、後者も横ばいになっていたのだ。インターネット広告の流れに身を任せれば伸びるだけのはずなのに、これは一体どういうことか。

「情報汚染」の最たるもの=MFAサイトとは

 いま、インターネットの世界で「情報汚染」が始まっている。生成AIの進化でコンテンツが簡単に作れるようになり、悪用されているのだ。顕著な例が、最近はニュースでも取り上げられるSNSの詐欺広告。だがこれは汚染の一端に過ぎない。

 もっと恐ろしいのがMFA(Made For Advertising)サイトだ。何者とも知れない連中が作ったサイトで一見メディアのような見え方だ。だが広告収入を得るためだけに作られた巧妙なサイトなのだ。ただ正体不明でその実態は把握しにくい。

 そこで、アドフラウドやMFAサイトの対策ツールを開発するSpider Lab社の増田潤氏に、その実態を教えてもらった。

 MFAサイトは、アクセスすると記事のようなコンテンツの周りに広告がひしめいている。少しでも多く広告収入を得る魂胆だ。そんな悪意を持つサイトが、知らない間にアドネットワークの配信先に紛れ込んでいる。企業がまっとうなメディアに投入しているつもりの広告費の一部がMFAサイトに掠め取られるのだ。

 さらにMFAサイト自身が広告費を払ってメディアから人々を誘導し、さらに多くの広告費を稼いで利ざやを稼ぐ手法もとっているらしい。

 増田氏はMFAサイトの例も挙げてくれた。その構造を簡単に示したのがこの図だ。

MFAサイトの構造例

 MFAサイトをどう判別するか。増田氏はこう言う。
 「判別の定義は難しいところがあります。業界として基準があるわけではありません。一例としては、今までMFAサイトと判定したものとどれだけ近いのかを弊社では見ています。」

MFAサイトとコタツ記事の類似性

 確かに、MFAサイトは定義が難しそうだ。だが待てよ、こういう構造のサイトはよく見かけないか?そうだ、コタツ記事だ!やつらは、タレントの気になるひとことで誘い込んで、記事の周りを広告で囲みどれが記事かわからない。次のページへのボタンを押すと画面一杯に広告が表示される。MFAサイトの判別は難しいが、MFAサイトとコタツ記事の判別だって難しい。コタツ記事はMFAサイトと変わらないのではないか?

 さっきの新聞雑誌デジタルの広告費が突然伸びなくなったのはなぜか。私はこう推測してみた。

 まず生成AIの進化に伴ってMFAサイトが急速に増殖した。これらはネット広告市場に侵食し、その一部をどんどん奪っていった。それにより、広告単価が下がった。なにしろ、広告を表示する場所が急速に増えていたのだ。需要を供給が超えて価格は下がっていく。

 従来のメディアは慌てた。広告収入がなぜか下がっていく。これは広告表示を増やすしかない。そのスペースを広告にしろ!記事の上に広告を載せろ!あと何かできることはないか。彼らは参考になるものを探したら、それとは知らずにMFAサイトを見つけた。これはすごい!こんな広告表示の方法があったとは!どんどん真似しろ!

 こうして、コタツ記事とはいえ真っ当だったはずの既存メディアも、MFAサイト並みに広告を増やしていく。するとますます供給過多になり、広告単価は下がるばかり。その結果が「日本の広告費2023」の衝撃のデータだった。これは私の推測ではあるが、米国ではすでにMFAサイトが大問題になっており、運用型広告市場を明らかに侵食しているそうだ。同じことが日本でも起こっていると見ていいと思われる。

崩壊へ向かう「無料広告モデル」 さよなら?コタツ記事

 私は今、ネットメディアにとって大きな転換期が来ていると考えている。インターネットはその登場以来、ひたすら成長し一定のパラダイムに則って発展してきた。そこには「自由」という理念があり、それを「無料広告モデル」が裏打ちしていた。何か新しいことをネットで始めれば人が集まってきて無料広告モデルで運営できた。SNSをうまく使えばさらに人が集まってきてビジネスとして成長できた。

 だがいま、すべてが壊れ始めている。まずSNSで荒廃が進んでいる。詐欺広告はその最たる例だが、Xではインプレゾンビが大量に溢れ、まともな投稿にたどりつけなくなっている。SNSをメディアが支える構図が今、崩れつつあるのだ。

 そしてMFAサイトの登場と、ネットメディアでの広告表示の劣悪化だ。MFAサイトは悪辣だが、コタツ記事をはじめとした安易な見出しで人を集めるメディアは、MFAサイトのコピーと化した。記事を読んでもらうより広告を無理やり表示し、0.1円を積み重ねようとする。無料広告に支えられたメディアは、もう持ち堪えられない。0.1円は0.01円、0.001円と単価が下がり続けて運営不能になるだろう。

 無料で自由を支えてきたモデルは、あと数年で崩壊するかもしれない。私を苛立たせてきたコタツ記事はもうさよならだ、ざまあみろ。

コタツ記事の消滅危機にテレビ業界は…

 ところが、コタツ記事が消滅すると困るのがテレビ局だ。ネット上でテレビを見てもらう、つまりTVerで番組を見てもらうのに、コタツ記事は実は大いに寄与してきた。

 コタツ記事は基本的に「事後記事」だ。番組が終わった途端、いや番組が終わらないうちに、何か強い発言や、番組内で起こったちょっとした揉め事が、コタツ記事化される。え?そんなことあったの?見ればよかった。少なからぬ人々が、コタツ記事を読んで番組を見たがる。今はそんなニーズにTVerが応えてくれる。

 この論にはデータはないし、データの出しようはないと思う。だが私自身、憎んでるはずのコタツ記事を読んで、その番組を見たくなったことは数えられないくらいある。そしてその何%かは、スマホでTVerを呼び出して番組視聴につながったかもしれない。ちゃんと記録してないので何%かわからないが。

 だがまちがいなく、ニュースアプリの見出しを埋め尽くすコタツ記事は、テレビ視聴に貢献してきた。それがなくなるのは、大袈裟に言うとテレビ業界にとって大きなマイナスだ。だからこれからは、テレビ局自身がコタツ記事を作ればいい。ただし、これをまともに作成するのは大変だ。外部ライターを雇うなどでかなりの人件費がかかりそうだ。

 だが心配いらない。他ならぬコタツ記事なら、生成AIに書かせれば量産できるだろう。MFAサイトが大増殖したように、テレビ局による自分たちのためのコタツ記事も量産は可能だ。コタツ記事のような定型タイプの記事は、生成AIに託しやすい。

 では実際にどうすればコタツ記事を生成AIに作らせることができるだろう。録音だ。番組の台本を読み込ませる手もあるが、おそらくコタツ記事になるような「ちょっとザワつくひとこと」は台本にはない。録音したものを使う。そしてその番組のXを観察させてザワついたら該当箇所をテキスト化。前後の文章も作成して記事にすれば、コタツ記事が配信できる。

 これらの作業が果たしてどこまで生成AIで簡単にできるかは、試行錯誤しないと言えないが、最近生成AIでいろんな実験をしてみている私としては、できる!と断言する。しかも、生成AIは日々進歩し、先日はChatGPTが声で対話できるようになったと発表した。さっきの「録音」のプロセスが省けるかもしれない。生成AIに番組を聞かせて、面白い発言をピックアップして記事にして、多少誤解されてもいいからバズるようにね、と言えばコタツ記事の量産は楽勝だ!

コタツ記事の未来 駆逐かそれとも生成AIで量産か

 冗談めかして書いているが、これらは絵空事ではなく、いますぐ可能なことだ。恐ろしい時代が今来ているのかもしれない。どの記事を人間が書いたか、AIが書いたかわからなくなりそうだ。AIに多少手伝わせるつもりが、どんどんAIに作業を侵食され、自分でも自分が書いているかどうかもわからなくなりかねない。それはもはや、遠い未来ではないのだ。

 そんな訳のわからない状況から見ると、コタツ記事がむしろ微笑ましく思えてくる。何だお前、まだそんな非効率なことやってるのか。もう広告単価なんてタダ同然だろう?まあ頑張れ、AIに滅ぼされるまでコタツに座ってタレントのひとことを書き留めてろな。

 数年後、果たしてコタツ記事は駆逐されているのか。あるいは同じように見えてAI作成のコタツ記事もどきがニュースアプリに並ぶのか。予想できないメディアの未来が、やってこようとしている。

〈執筆者略歴〉
境  治(さかい・おさむ) メディアコンサルタント/コピーライター
1962年 福岡市生まれ
1987年 東京大学を卒業、広告会社I&Sに入社しコピーライターに
1993年 フリーランスとして活動
その後、映像制作会社などに勤務したのち2013年から再びフリーランス
現在は、テレビとネットの横断業界誌MediaBorder2.0をnoteで運営
また、勉強会「ミライテレビ推進会議」を主催


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