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「心情等伝達制度」とは何か

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【犯罪の被害者等の思いを加害者に伝えることができる「心情等伝達制度」が昨年12月からスタートした。制度の意義と今後の課題は?】


齋藤 実(琉球大学法科大学院教授・弁護士)


心情等伝達制度の運用の開始

 2023年12月1日から、「刑の執行段階等における被害者等の心情等聴取・伝達制度」(心情等伝達制度)が始まった¹。

 この制度は、被害者等(家族や遺族が含まれることから「等」と表記される。)が自らの心情や置かれている状況など(まとめて「心情等」と呼ぶ。)を、刑務所に収容されている受刑者や少年院に収容されている少年に伝えるものである(以下では、受刑者と少年をあわせて「加害者」とする。)。

 今までは、被害者等が自分の心情等を加害者に伝えようとしても、その方法は限定的であり、特に、刑務所などの施設に収容されている加害者に心情等を伝える機会はなかった。心情等伝達制度は、新たな取組みとして注目をされている。

¹ この内容の詳細にご興味のある方は、齋藤実「矯正における犯罪被害者等の支援-刑の執行段階における心情等聴取・伝達制度を中心として-」刑事法ジャーナル75号(2023年)38~43頁をご参照ください。本稿は心情等伝達制度の施行後の状況も踏まえて、表現を分かりやすく工夫するなどして、加筆修正致しました。

更生保護における心情等聴取・伝達制度

 実は、心情等伝達制度に先行した制度がある。2007年12月より、刑務所から仮釈放となり、あるいは少年院から仮退院となった保護観察の対象者に対して、被害者等が心情等を伝達する制度が始まっていた。

 保護観察の段階は「更生保護」と呼ばれることから、「更生保護における心情等聴取・伝達制度」と称されている。毎年、150件ほどは利用されていることからも²、一定の評価がされているといえる。

 もっとも、この制度は、伝達する対象を「保護観察の対象者」に限定している。保護観察の期間は、仮釈放から本来満期となるはずまでの「残刑」の期間である。そのため、通常、期間は短く、被害者等が心情等を伝える期間としては必ずしも十分とはいえない。

 しかも、全ての受刑者が仮釈放となるわけではない。現在、満期釈放となる者は概ね40%ほどおり、これらの者は保護観察が付かないため対象外となる。さらには、保護観察に至るまでには、長いプロセスが必要である。事件発生後に捜査が始まり、裁判を経て、施設に収容され、その後初めて仮釈放(仮退院)になる。被害者等がこの制度を利用するためには、長い期間待つ必要がある。

 これに対して、今回紹介している心情等伝達制度は、刑務所や少年院に収容されている全ての加害者を対象としている。また、施設に収容されれば、加害者が収容後間もない場合であっても制度を利用することができ、「更生保護における心情等聴取・伝達制度」に比べれば制度を利用するまでの期間が比較的短い。このように、心情等伝達制度は、被害者等にとって、使い勝手の良い制度といえるであろう。

² 法務総合研究所『令和5年犯罪白書』(2023年)294頁では2022(令和4)年は170件であった。

心情等伝達制度の意義

 なぜ、このような制度が作られたのか。心情等伝達制度の意義は大きく2つある。

 第1の意義は、被害者等の支援である。被害者等が自らの心情等を整理し、それを加害者に伝えることで、被害者等は元の生活に戻るきっかけを得ることが可能になる。第2の意義は、加害者の更生である。被害者等の心情等の伝達を受けた加害者が、被害者等の心情等を知ることで自らの行いを反省し、更生につなげることができる。

 2つの意義は、いずれも重要であるが、留意するべき点もある。それは、加害者の更生を、被害者の支援に優先させてはならないことである。加害者は被害者等を事件に巻き込み、第一義的な責任を負うにもかかわらず、その加害者の更生を被害者等の支援に優先して考えることは適切ではない。被害者等が心情等を伝える結果、加害者の更生という意義があくまでも結果的に生じると考えるべきであろう³。

³ 前掲齋藤41頁。

心情等伝達制度の流れと内容

 被害者等の心情が加害者に伝達されるまでの流れは、以下のとおりである。

 まず、被害者等が心情等伝達制度を利用したいとして申出をして受付が終わると、被害者等に聴取の日時場所などが通知される。聴取の場所は刑務所などの法務省の施設が想定されているが、被害者等が自らの心情等を伝えやすい場所(自宅、被害者支援センターなど)も考えられる。また、被害者等が気持ちを落ち着かせるなどのために、希望があれば被害者支援センターの職員や弁護士などの同席を認めることが必要であろう。

 なお、この制度は、罪種による制限はない。そのため、殺人などの生命身体犯はもちろん、窃盗などの財産犯の被害者等も申出をすることができる。

 次に、聴取は、刑務所の刑務官や少年院の法務教官(あわせて「被害者担当官」と呼ばれている。)が担当する。被害者担当官は被害者等から心情等を聴取し、その内容を書面にまとめる。心情等伝達制度の一連の流れの中で、聴取の手続は非常に重要である。というのも、被害者等は自らの心情等を吐露することで心の整理を少しずつし、犯罪被害からの回復に向けて一歩を踏み出す可能性もあるからである。

 他方で、被害者等から聴取をし、その内容を書面にすることは容易ではない。時には、被害者等の話は時系列が前後したり、覚えているはずの記憶が曖昧であったり、場合によっては前に話した内容と食い違うことすらある。

 ただ、自らがあるいは大切な家族が犯罪に巻き込まれた被害者等が、理路整然と事件の話をできることなどむしろ稀である。このような被害者等の置かれた状況を理解した上で、先入観を持つことなく、聴取をする必要がある。

 聴取をした後に、聴取した心情等を書面にすることになるが、ここでは聴取とは別の能力が要求される。被害者等の心情等を過不足なく、書面にする必要がある。もっとも、人の心情等を書面にすることは通常であっても容易ではなく、ましてある日突然犯罪の被害に巻き込まれた被害者等の心情等を書面にすることは高度の専門性が要求される。

 被害者等の心情等を丁寧に聴取するなどを大前提としたうえで、1回で書き上げようとするのではなく、犯罪被害者等が納得できるまで面談を繰り返し、その都度修正を加えて、書面をブラッシュアップすることが重要であろう。

 さらに、被害者等の心情等を書面にしたうえで、被害者担当官がその書面を加害者の面前で読み上げ伝達される。少年院で伝達する場合には加害者の保護者等が同席することもある。加害者に心情等を伝達した年月日や内容は書面で知らせるとともに、希望する被害者等には加害者が述べた内容を知らせる。

 受刑者等からは様々な反応があることが予想される。反省を述べる加害者もいるであろうが、反省を一切口にしない者や自らの非を認めない者、さらには被害者等に責任転嫁する者なども考えられる。被害者等にとっては心無い加害者の発言がありうることは、事前に丁寧に説明する必要があろう。

 なお、この制度には、回数の制限がない。そのため、通知を受けた被害者等がさらに心情などの聴取・伝達を希望する場合には、再度、心情等の聴取・伝達がされる。

 心情等の伝達を受けた加害者に対しては、その内容を矯正教育に活かすことが予定されている。心情等を踏まえて「改善指導」と呼ばれる教育プログラムが行われ、また、加害者を担当する職員から心情等を考慮した日々の処遇がなされる。このように、施設の職員がいわばチームとなって、心情等を活かした矯正教育を行う。

心情等伝達制度の課題と展望

(1)被害者担当官の教育

 現在、各刑務所や少年院では、少なくとも男女1名ずつ以上の被害者担当官を任命して、体制を整えている。問題は、いかに被害者担当官の「質」を確保するかである。

 心情等伝達制度の中で、加害者と被害者等をつなぐ役割を担うのが、被害者担当官であり、その質の確保は、本制度が成功するか否かのカギとなる。特に、聴取の段階では、被害者等の心情等を十分に聴取した上で、その内容を書面にするという高度な専門性が求められる。

 刑務官や法務教官は加害者の処遇を専門としており、被害者等への支援は従来の専門とは異なるものである。そのため、被害者担当官は、聴取や書面にする能力とともに、被害者等の心情等や被害者等への支援施策などを学ぶ必要がある。昨年より、被害者担当官への教育が行われているが、今後、この教育を継続するとともに、被害者専門官の経験の蓄積を共有し、次の世代に活かすことが望まれる。

(2)被害者視点教育との連携

 被害者等の心情等を加害者に伝達する場合に、可能な限り、加害者が被害者等の心情等を受け容れるための準備ができていることが望ましい。もっとも、必ずしも全ての加害者にそのような準備ができているわけではなく、特に、施設収容後間もない加害者は落ち着かない態度である者も多く、被害者等の心情等にまで思い及ばない場合が少なくない。

 現在、刑務所などでは「被害者の視点を取り入れた教育」(被害者視点教育)と呼ばれる教育を行っている。この教育は、被害者等の心情等を認識させ誠意を持って対応させることを目標としている⁴。ただし、心情等伝達制度と被害者視点教育は制度上連携しておらず、心情等伝達制度を行う前に被害者視点教育を受けているとは限らない。

 もっとも、心情等伝達制度の開始を受けて、被害者視点教育を4つの段階に分け、特に被害者視点の導入プログラムは収容後間もない時期に行われることになる。心情等伝達制度が開始された以上、被害者視点教育との有機的な連携が期待される。

⁴ 林眞琴他『逐条解説 刑事収容施設法〔第3版〕』(有斐閣、2017年)508頁。

(3)加害者への損害賠償との関係

 更生保護における心情等伝達制度では、伝達する心情等の1つとして、加害者への損害賠償がある⁵。例えば、加害者が損害賠償に応じない、示談が成立したにも関わらず途中で支払いが滞った、などである。

 心情等伝達制度でも、加害者への損害賠償が伝達されることは予想される。心情等伝達制度で、加害者への損害賠償を伝達しても、これにより加害者に損害賠償を義務付けることはできない。被害者等の損害賠償への意見を踏まえた上で、改善指導を行い、あるいは職員から加害者への働きかけを行うなどの対応を取ることになる。しかし、加害者が資産を持っているなどの例外的な場合を除けば、施設収容中に十分な損害賠償をすることは期待できない。

 問題は、被害者等は事件に巻き込まれ損害を受けながら、(回収の見込みが極めて低い)収容中の加害者に自らの経済的な状況を伝達せざるを得ない状況に追い込まれていることである。犯罪被害は誰が受けるか分からない。そのため、損害を被害者等が負担すべきではなく、また加害者から回収できない以上、国が補償をするべきであろう。被害者等が加害者に対して有している損害賠償請求権を、国が被害者等に補償する仕組みを作ることが期待される。

⁵ 伊藤冨士江「更生保護における犯罪被害者等施策・心情伝達制度の現状と課題―全国の被害者担当官・被害者担当保護司を対象とした調査をもとに」被害者学研究(2016年)66頁。

(4)心情等伝達制度と「修復的司法」

 世界を見渡すと、被害者等と加害者との対話を行うことで、両者の関係を修復する方法を採用する国々がある。この方法は「修復的司法」と呼ばれ、ニュージーランドのマオリ族が行っていた手法が起源とされる。日本でも修復的司法の採用を期待する声もあったが、公的に採用されるには至っていない。

 加害者との対話など望まない被害者等も多く、特に重大犯罪や性犯罪などについては、被害者と加害者との対話の実現は困難であろう。修復的司法の方法の導入を疑問視する声は当然ともいえる。

 もっとも、加害者と対話することにより、事件の真相さらには加害者の気持ちや状況などを知ることで、元の生活に戻るためのきっかけとなるのであれば、ことさらに否定する必要もない。もちろん、修復的司法をするためには被害者等の希望があることが前提である。また、被害者等と加害者との対話を事前に十分に調整することは必要であり、そのための仲介者の存在は不可欠である。

 翻って心情等伝達制度を考えた場合、心情等を聴取・伝達する回数の制限はない。そのため、一連のやり取りを行うことで、被害者等と加害者との間に一種の「対話」が行われることにもなる。この制度は、修復的司法の導入を議論するきっかけとなりうる。あるいは、そもそもこの制度を通じての「対話」こそが、日本版の修復的司法といえるかもしれない。

 本制度を通じて「対話」をすることが被害者等の支援に有用であるか、効果検証を行う必要はあるものの、本制度は、加害者と被害者等との関係性を考える契機となる可能性を秘めていることは否めない。

おわりに

 被害者等が自らの心情等の聴取を受け、その内容は刑務所や少年院に収容されている加害者に対して伝達することができるようになった「心情等伝達制度」は、加害者処遇の転換をもたらす。それ以上に、犯罪被害者等にとっては、加害者に自らの心情等を伝えるための選択肢が増えることにもなり、重要な役割を果たす。さらに、本制度は、修復的司法の導入を考える契機ともなりうる。

 他方で、本制度は被害者等が加害者に被害者担当官という仲介者を介して伝達する。そのため、本制度の運用の要は被害者担当官である。被害者担当官が被害者等のひとこと一言に丁寧に耳を傾け、その内容を過不足なく書面にする、その上でその内容を加害者に伝え、その反応を被害者等に伝える。極めて専門性の高い業務である。この業務に耐えうる被害者担当官を育てることができるかが、本制度がスタートして間もないこの時期に問われていることであろう。

 最後に、心情等伝達制度とメディア報道について付言して終わりたい。この数年で、被害者等への支援施策が劇的に進んだが、その要因の一つは、メディアが広く報道をしたことによる。メディア報道が被害者等への支援の重要性を訴え、それにより世論が動いたことは否定できない。

 被害者等への支援の研究と実務に携わっている者として、被害者等の声、実務そして研究に加え、メディア報道が被害者支援施策を動かしてきたというのが素直な感想である。心情等伝達制度も被害者等への支援施策の一環ではあり、また加害者への処遇に直接被害者の声を伝達するというエポックメイキングな制度である。この制度を広く周知しより良いものにするためにも、メディア報道は欠かせない。制度は作ることだけではなく、作った後にいかに改良していくかが重要である。メディアへの期待は大きい。

<執筆者略歴>
齋藤 実(さいとう・みのる)
慶應義塾大学法学部法律学科卒、慶應義塾大学大学院法学研究科前期博士課程修了(法学修士)。2009年弁護士登録。2021年4月より現職。2022年6月より日本被害者学会理事。 

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