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子どもの本で平和を願う JBBYの50年〜子どものための「6つの使命」とは

【世界の子どもたちに本を届け、その本を通じて国際理解を深めることを目指すJBBY。パレスチナ、ウクライナなど、困難な状況下にある子どもにも本を届けるべく活動している。その沿革、活動実績、意義を紹介する】

宇野 和美(日本国際児童図書評議会(JBBY)会長)


JBBYとIBBY―子どもの本で国際理解を―

 日本国際児童図書評議会(JBBY)は、国際児童図書評議会(IBBY)の日本支部として50年前の1974年に誕生しました。

 IBBYは、第二次世界大戦後の荒廃したドイツで、イエラ・レップマンという、行動力のある女性ジャーナリストがかかげた理念「本を通して国際理解を深め、子どもの本で平和な世界を」に賛同した国々が集まって1953年に発足した世界的なネットワークです。

 IBBY発足の大きなきっかけとなったのは、レップマンが1946年に開催した世界の本の展覧会でした。レップマンは「この混乱した世界を正すことを子どもたちからはじめましょう」と言い、大戦中の敵国を含む20の国々に依頼して本をそろえました。

 国境も人種も宗教もこえて、外国のお話や絵に夢中になる子どもたち。この展覧会によってレップマンは、本が、言い換えれば、すぐれた物語や絵が、子どもたちをいかに生き生きとさせ、子どもたちの力になるか、他者を理解する助けとなるかを実感したのでしょう。それが、惨禍を繰り返さないために「子どもの本で国際理解を」というIBBYの基本理念につながりました。

 現在の世界情勢をながめると、「子どもの本で平和を」という言葉は、楽観的で現実性のないものに聞こえるかもしれません。けれども、本当にそうなのでしょうか。

 1951年にレップマンは、「子どもの本は、人類の進歩と相互理解を阻む大きな障害となっている異国間の偏見や、人種差別意識をのぞく強力な武器です。子どもの本を通じての国際理解は、決してユートピアではありません。静かなリアリティーです」と語っています。¹

 言論の自由がない国や政情が不安定な国も含む、84もの国と地域の子どもの本にかかわる多様な背景を持つ人びとが、レップマンの理念のもとに集まり、長年にわたって共に手をたずさえて活動してきたこと、そして今も活動を続けていることは、対立や分断や紛争が絶えない世界において注目に値する事実であり、希望そのものです。

 そしてJBBYも、このIBBYの大きな輪のなかで、この50年間、作家、画家、翻訳家、編集者、出版関係者、図書館員、研究者、書店員、読者など、子どもと本に心を寄せる、幅広い会員の志とボランティアに支えられながら、いつも子どもと本を中心に、IBBY支部としての活動と、国内の活動を地道に展開してきました。

¹『JBBY30周年記念特別号』日本国際児童図書評議会、2004、p.8

JBBYが制作し、世界に配布された「IBBY国際子どもの本の日2024」ポスター。
メッセージは角野栄子、絵は降矢ななの各氏

どんな場所にいる子どもたちも、質の高い本にめぐりあえるように

 IBBYは定款で、次の6つの使命を掲げています。

  • 子どもの本を通して国際理解をすすめる

  • どんな場所にいる子どもたちも、文学的、芸術的に質の高い本にめぐりあえるようにする

  • 世界中、ことに発展途上国において、すぐれた子どもの本の出版や普及を奨励する

  • 子どもと子どもの本に関わる人々を支援し、その能力を高める機会を提供する

  • 児童文学関連の学術研究、調査活動を促進する

  • 子どもの権利条約にのっとって、子どもの権利を守る

 子どもの権利条約は、1990年に国連が批准した条約で、子どもが生きる権利や育つ権利、国の違いや性の違いなどで差別されないこと、教育の権利、適切な情報を得る権利、暴力や戦争から守られる権利、障害のある子どもや難民や少数民族が守られること等々が定められています。

 それゆえ、戦争や災害など、子どもの権利がないがしろにされる事態が起こるたびにIBBYが声をあげてきました。昨年秋には、イスラエルやガザへの攻撃を受けて、2023年の10月18日と11月16日にIBBYは声明を発表し、子どもに対するあらゆる暴力を糾弾し、人道的危機を終わらせるよう呼びかけました。²

 2つめの使命にある「どんな場所にいる子どもたちも」という文言も、実は大きな意味を持っています。

 「どんな場所にいる子どもたちも」には、戦争や政情不安や災害などにより困難な状況に陥っている子どもたちも含まれているからです。IBBYはそのような子どもたちにこそ本を届けようと、「チルドレン・イン・クライシス(危機的状態にある子どもたち)」いう活動を行ってきました。子どもと本をつなぐ人びとや団体の要請に応じて支援する形で、パレスチナ、レバノン、ウクライナ、エルサルバドール、ネパールをはじめ、多くの国と地域の活動を支えています。

 JBBYもまた、「困難な状況にある子どもたちへの、本を通じた支援」にとりくんできました。東日本大震災のときには本による支援にかかわり、2017年には「希望プロジェクト」という支援活動を独自に立ち上げました。子ども食堂や、ウクライナなど、海外から日本に避難してきた子どもたちのいる場所の要請にこたえて、本を届けています。

 2022年には「希望プロジェクト」の一環として「あしたの本だな」①②を発行しました。これは、少年院や少年鑑別所からの要望を受けて、これまで本に出会うチャンスが少なかったり、本があまり好きではなかったりする子どもや若い人が、本と出会うきっかけとなるような本をと、3年かけて選定した、ほかに類を見ないブックリストです。

 また、IBBYのバリアフリー児童図書に関する活動も、「どんな場所にいる子どもたちも」の精神にのっとった取り組みのひとつです。

 合理的配慮の義務化で、日本でも障害と読書への関心が現在高まっていますが、IBBYは、国連の国際障害者年だった1981年から、障害のある子どもにも豊かな読書体験ができるようにとバリアフリー図書に取り組んできました。現在は2年に1度、IBBYの各国支部が推薦した「誰もがアクセスできる本」と「障害がある子どもや人物を描いた本」の中から、40点ほどを選定して紹介しています。

 JBBYは、日本では見られない新しいアプローチのある、このIBBY選定の世界のバリアフリー児童図書を借りうけ、2003年から国内巡回展を実施しています。

²https://jbby.org/news/oversea-news/post-18423
https://jbby.org/news/oversea-news/post-18441

全国巡回中の「世界のバリアフリー児童図書展2023」のようす

本の持つ力を信じて

 IBBYとJBBYは、いつも「子ども」と「本」を中心に活動してきました。では、「子どもの本で国際理解を」という「本」には、どんな力があるのでしょうか。

 子どもの日常には、今はさまざまなメディアがあります。テレビやインターネット上の視聴覚メディアや文字情報は、本と比べると、スピードも量もまさり、子どもたちにとって安価で手軽に思われがちです。

 けれども、本には本にしかないよさがあり、それは、今も昔も変わりません。

 まず本は、子どもたちに深い喜びを与えます。長く読みつがれてきたすぐれた児童文学や絵本は、子どもの心を生き生きとさせ、満足感をもたらします。

 本は、自分のペースで自分なりに、何度でも繰り返し絵や文章と向き合える、一人一人に開かれた自由なメディアです。

 また、本は広い世界への窓となり、他者への共感力を醸成します。メディアの情報は、コマーシャリズムに支配され、ついつい自分が理解しやすいもの、同情できるものに偏りがちです。自分が今いる場所とは違う世界があることを知れば視野が広がります。辛い状況に置かれている子どもにとっては、違う世界の存在そのものが希望となる可能性もあります。

 本を通じて、世界には想像もつかないような多様な暮らしや考え方や価値観があり、そこに自分と同じような喜怒哀楽があると知ることは、異なるものへのエンパシーをうみ、また、自分自身の状況を相対化し、自分を知ることにもつながるでしょう。

 さらに、本は想像する力、考える力を育みます。目の前のものだけでなく、その背景や、人間の多面性や奥深さを、すぐれた物語や絵本は教えてくれます。

 本が売れないと言われて久しい社会状況のなかで、ともすれば単なる消費財となって、子どもよりも市場に目配せをするような本も数多くあります。しかし、体をつくる食べ物でも、お腹に入ればよいわけではなく、栄養や質が大切なのが明らかならば、心の糧となる本も同じでしょう。

 心を満たし、豊かにするような本がこれからも子どもたちの手に届くよう、学び合い、かき手や作り手や届け手の活動を奨励していくことは、JBBYにとってこれからますます大切になると思われます。

 IBBYが主催する国際アンデルセン賞は、子どもたちにどんな本を届けていきたいかを考えるための世界的指標のひとつです。

 すぐれた本を通して、世界と日本を双方向でつなぐこともJBBYの活動のひとつです。JBBYの推薦により、赤羽末吉、安野光雅、まど・みちお、上橋菜穂子、角野栄子の各氏が国際アンデルセン賞を受賞し、その作品のすばらしさが世界に知られるようになったのは、この50年での大きな成果であり喜びです。

 毎年、すぐれた日本の児童書を世界に紹介しようと本を選定し、『Japanese Children’s Books』(『おすすめ! 日本の子どもの本』は、その日本語版)にまとめて世界に発信し、さらに、翻訳出版されたすぐれた海外の作品を『おすすめ! 世界の子どもの本』として日本の読者に紹介しているのも、JBBYならではの、世界とつながる活動です。

『Japanese Children’s Books』。
左は、2024年ボローニャ国際児童図書展で配布したタブロイド版「にほんのえほん」

これからの50年に向かって

 JBBYは、「子どもの本で国際理解を」を合言葉に、子どもの本にかかわる先達の多大なる尽力で誕生し、50年間連綿と活動を続けてきました。前にも述べたように、その活動は子どもの本を大切に思う会員の志とボランティアに支えられてきました。権力とも財力とも無縁の団体ですので、IBBYやJBBYの理念に賛同する企業・団体様からの多方面でのご支援があってどうにか続けてきたというのが正直なところです。

 ここにはすべての活動は書ききれませんので、詳しくは当会ホームページをご覧ください。

 今年は一年を通して、50周年記念の多彩なイベントを展開します。3月にはキックオフとして、国際アンデルセン賞画家賞を受賞した、韓国の絵本作家スージー・リーの講演会を開催し、5月からは5回連続講座「日本の国際アンデルセン賞受賞作家たち」が始まりました。

2024年3月に開催されたスージー・リー講演会

 秋には、国立国会図書館国際子ども図書館と共催で展示「国際アンデルセン賞受賞作家・画家展」を3か月にわたって行い、50年史『子どもと本のJBBY50年のあゆみ』とブックガイドを出版、11月16日には、メインイベントであるシンポジウム「今、子どもの本は世界とどうかかわるのか」を開催、12月には絵本作家によるオンラインイベントを予定しています。

 これからの50年と言っても、大きな花火をあげたいわけではありません。「子どもの本で国際理解を」「すべての子どもに本との出会いを」をかなえ、平和な世界を築くことに貢献していけるよう、JBBYは世界の盟友たちとともに、謙虚に正直に子どもと本に向きあい、できること、今必要と思われる活動をこつこつと続けてまいります。資金が必要なことですが、近い将来、日本から再びIBBYに国際理事を送り出したいというのがささやかな願いです。

 会員になるには、資格等は必要ありません。仲間の一員として活動を支えていただければ何よりです。また、50周年と今後の活動維持のための協賛金も受け付けております。

 これを機に、子どもの本から世界につながり、平和を願うJBBYの活動に、1人でも多くの方に関心を寄せていただきますよう願っております。

JBBYの会報誌。誌名は「子どもにはパンと同時に本が必要」という言葉に由来する

<執筆者略歴>
宇野 和美(うの・かずみ)
東京外国語大学外国語学部スペイン語学科卒業。出版社勤務を経てスペイン語翻訳に携わり、スペイン語圏各国の絵本や児童文学、現代文学の紹介に力を入れる。1999年から2年半、バルセロナ自治大学大学院に留学し、言語文学教育学修士課程を修了する。

主な訳書に、マルセロ・ビルマヘール『見知らぬ友』(福音館書店、IBBYオナーリスト2024選定)、ハビエル・マルピカ『おとなってこまっちゃう』(偕成社)、サバスティア・スリバス『ピトゥスの動物園』(あすなろ書房)、パウ・エストラダ『ガウディさんとドラゴンの街』(教育評論社)、ルシア・セラーノ『キミのからだはキミのもの』(ポプラ社)、グアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』(現代書館)、フェルナンダ・メルチョール『ハリケーンの季節』(早川書房)。共編著書に『明日の平和をさがす本 戦争と平和を考える絵本からYAまで300』(岩崎書店)、『多文化に出会うブックガイド』(読書工房)がある。スペイン語の子どもの本専門ネット書店「ミランフ洋書店」店主。

2023年6月より一般社団法人日本国際児童図書評議会(JBBY)会長。

一般社団法人日本国際児童図書評議会(JBBY)
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1−32 出版クラブビル5F
TEL 03-6273-7703 FAX 03-6273-7708
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