コロナ収束 今後のシナリオ
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として厚生労働省首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。またコロナワクチンに関する情報は首相官邸のウェブサイトをご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

コロナ収束 今後のシナリオ

【現下のコロナ禍収束の後、われわれはどのような社会を生きることになるのか。2030年の世界を、ジンバブエ、ハイチで長期に感染症対策に従事した長崎大学教授が考察する】

山本太郎(長崎大学熱帯医学研究所)

 中国武漢で発生した今回の新型コロナウイルス感染症が汎世界的に流行(パンデミック)して、約一年半が経過した。この間、世界全体で見れば、2億2000万人を超える感染者と450万人を超える死亡者がでた。日本でも、五回にわたる流行の波と166万人の感染者が報告されている(2021年9月20日現在)。しかし一方で、逆説的だが、各地でワクチン接種が進み(世界全体では、58億回を越えるワクチン接種が既に行われている。ただしこれは、二回接種が完了した人数とは異なるが)、新型コロナウイルス感染症収束に向けての動きが見えてきたようにも見える。
 もちろん、変異株によるブレークスルー感染(二回のワクチン接種が完了して二週間以上経過後に起こる感染)が報告され、ワクチン接種の進展にもかかわらず、感染者の減少に歯止めがかからないといった報告もある(アメリカやイギリス、そして世界で初めて国家レベルでワクチン接種を進め、人口の半数以上が二回の接種を終えたイスラエルなどから)。しかし重症者数の減少は明らかであり、また、重症になって死亡する人の数も減少している。
 そこで本稿では、これまでにわかった知見をもとに、今後想定されるシナリオを提示し、私たちの前にどのような世界が現れてくるか考察してみたい。まずは、集団免疫と収束について、次いで2030年とそれ以降の世界について考えてみたい。

【引き続き「ワクチン接種と収束について~2030年の世界」に続く】

ワクチン接種と収束について

 ある集団で実効再生産数が一を下回るために必要な、免疫を獲得した人の割合を集団免疫という。例えば、新型コロナウイルス(SARS−CoV2)では、基本再生産数(注:誰一人として免疫を獲得していない集団で、一人の感染者から何人に感染させるかの平均値)は、現代社会では2−3の間の値をとると推定されていた。話を単純化するために、新型コロナウイルス(SARS−CoV2)の基本再生産数を2.5とすれば、60パーセント以上の人が何らかのかたち(自然感染かワクチンかのいずれかとなる)で免疫を獲得すれば、ウイルスは集団に持ち込まれても、流行は拡大せず収束へと向かう。これが集団免疫である。
 一方で、60パーセントの人がワクチンの二回接種を終えた国(イスラエルなど)でも、一度減少した感染者の増加が報告されているが、それは流行の主流となっているデルタ株で、基本再生産数が高くなっているため、あるいはワクチンの感染予防効果がデルタ株において低くなっているからで、それは集団免疫を獲得するためには60パーセント以上のワクチン接種率が必要とされる理由、あるいは三回目の接種が議論される根拠となる。
 その集団免疫は、理論的には、自然感染かワクチン接種、あるいはその両者によって獲得される。従って、ワクチンの接種率が上がり、感染から回復する人が増えれば、やがて集団免疫は獲得されることになる。
 一方で、ある時点において集団免疫が獲得できたとしても、社会は、新生児というかたちで新たな感受性者を用意する。新たに生まれてきた児は免疫を持たないからだ。しかしそうした感受性者も、自然感染かワクチン接種によって、集団免疫を達成する水準の割合で免疫を獲得する必要がある。そうしてはじめて、集団は、安定的な集団免疫水準を維持できることになる。
 そうした社会では、今回の新型コロナウイルスはどのような感染症になっていくのだろうか。

10① 画像②

近未来の社会

 ここでは、三つのシナリオ(ただし本稿のシナリオでは経済については言及せず、ウイルスの流行状況にのみ焦点を当てることとする)を提示することによって、例えば、2030年の世界を考えてみたい。
 まずは、最悪のシナリオとして、新型コロナウイルス感染症が依然として世界を震撼させているというシナリオだ。世界中の都市は封鎖とその解除を繰り返す。このシナリオが妥当性を持つためには、ウイルス変異株が次々と生じ、生じた変異株に対しては、それまでに獲得した免疫が全く効果を発揮しないという前提が必要になる。
 第二に、新型コロナウイルスは比較的穏やかな風邪症状を引き起こすウイルスとして社会に定着するが、あまり重症化することはなく、私たちはそのウイルスとともに生きていく。第三のシナリオが、ウイルスを完全に根絶した社会ということになる。
 結論から言えば、第二のシナリオ、すなわち、新型コロナウイルスは比較的穏やかな風邪症状を引き起こすウイルスとして社会に定着するというシナリオが最も妥当だろうと考えられる。
 そう考えるための理由はいくつかある。
 第一に、新型コロナウイルス感染に対しては、中和抗体が誘導されることが挙げられる。中和抗体とは、感染を抑制するか、あるいは重症化を防ぐための抗体である。もちろん、変異株ウイルスに対して中和抗体が効果を発揮しない可能性はまったくゼロとは言えないが、それは、理論上の可能性に過ぎない。これまでのウイルス学の知見からすれば、あるウイルス株に中和抗体を誘導する免疫は、そのウイルスの変異株ウイルスに対しても部分的にではあれ、有効であると考えるのが妥当だ。
 そうした既存の抗体が効果を発揮できないウイルスは新型ウイルスと呼ばれ、そうした新型ウイルスは野生動物からの接触を通してヒト社会へもたらされる別のウイルスということになる。
 第二として、小児における感染の重症化が低いという事実がある。小児期の感染では、重症化が少ないことは、さまざまな国から発表された論文からも明らかであり、死亡例も極めて少ない。これは大きな朗報だ。
 この知見からは、今回の新型コロナウイルス感染症が高齢者で重症化する一つの理由として、高齢になってはじめて新型コロナウイルスに感染したからだという状況が示唆される。
 こうしたことを演繹し、十年後の世界を想像すれば、次のような姿が見えてくる。
 思考実験の一例として2030年の世界を考えてみれば、その世界では、多くの人は、小児期に自然流行かワクチン接種によって今回の新型コロナウイルスに対する免疫を獲得する。そうした子どもたちは、成人になってからも、変異した新型コロナウイルス(新型コロナウイルスは一本鎖のRNAウイルスで、こうした遺伝子構造を有するウイルスは変異を起こしやすいことが知られている)に暴露され感染するが、その時には、小児期に獲得した免疫が部分的に働くことによって重症化する危険性は低くなる。
 現在でも、ヒト・コロナウイルスとして知られる四種類のコロナウイルス(HCoV-229E, HCoV-OC43, HCoV-NL63, HCoV-HKU1)は、風邪症状の10から15パーセントを占めるが、重症化することはほとんどない。人類史と感染症の関係を考えれば、こうしたヒト・コロナウイルスも、かつて、野生動物からヒト社会へ持ち込まれ、どのくらいの時間を必要としたか(これは、ウイルスがヒト社会へ持ち込まれた時期による)は別として、パンデミックを引き起こし、やがて社会が集団免疫を獲得することによって、穏やかな風邪症状を引き起こすだけのウイルスになったと考えられる。
 さらに言えば、ここまでの話はヒトの視点で今回の新型コロナウイルス感染症を見てきたが、ウイルスの目線でヒトとウイルスの関係を見てみるとまた、異なる風景が見えてくる。

10① 画像③

ウイルスの目線で見えるもの

 ウイルスが生命か否かを巡っては、ウイルス研究者の間でも熱い議論が戦わされているが、その議論とは別に、ウイルスはその複製や増殖に宿主の存在を絶対的に必要とする有機体であることは間違いない。とすれば、ウイルスが究極的に宿主の存在を否定するとは考えられない。むしろ、宿主の生存可能性を担保しようとする方向、あるいは宿主の環境適応能を高める方向への進化を志向するというのが、現在の多くのウイルス研究者の認識となっている。
 例えば、哺乳動物の子宮内にある胎盤は、遠い祖先が感染したウイルスの残した遺伝子の働きでつくられたといわれている。ウイルスが人間などに感染するために持つ免疫抑制能力が胎盤に受け継がれ、母体が胎児を異物として排除しようとする働きから守っていると考えられている。現生人類が持つ遺伝子には、遠い祖先が感染したウイルスに由来するものが多くある。私たちが環境に適応して自然淘汰を生き抜いてくるために、ウイルスが移転した遺伝子は大きな役割を果たしてきた。
 また、ウイルスはヒトと比較して複製の速度が何十万倍、何百万倍と速い。その速い複製の速度を利用して、次々とその姿を変えていく。そうした複製の速度は、人類が根絶への淘汰圧を高めれば高めるほど速くなる。そうした意味において、ウイルスを完全に撲滅し排除しようとする行為は、そうすればするほど、それは絶望的な戦いにしかならない。
 そうした意味においては、私たちに今求められているのは、重症化した人の命を失うことなく、また、今回のパンデミックで社会、経済的に困窮した人の生活が破綻するような事態を避けながら、早く集団が免疫を獲得し、ウイルスと穏やかな共存状態(社会が集団免疫を獲得した状況)へと入っていくことだと考える。そのためにワクチンが果たす役割は大きい。

ワクチンを巡る大きな物語と小さくても大切な物語

 一方で、ワクチンには、100万分の1か1000万分の1かはわからないが、副反応が必ずある。集団で見れば、その確率は100万分の1か1000万分の1かもしれないが、副反応が起こったその人たちにとってみれば、それは1分の1の話となる。そうした小さくても大切な物語に、私たちは寄り添う必要がある。それでも、ワクチンを接種する理由は何かと言えば、それが社会の利益になり、また、個人の利益にかなうからである。

国際的な格差

 一方で、2030年の世界へ至るまでの道は、国や地域によって違いが出てくる。もっとも大きな要因はワクチン接種となる。ワクチン接種が速やかに進んだ国や地域ほど、収束までの時間は短くなる。先進国でワクチン接種が進む一方で、アフリカや南米、アジアの国では十分なワクチン量が確保されていない。健康の国際格差を考える上では、きわめて重要な事実となる。

パンデミックの歴史が教えてくれる教訓

 いま、私たちは複合的パンデミックの渦中にいる。医学的パンデミックと、その医学的パンデミックが引き起こした影響のパンデミックである。都市封鎖は、社会のデジタル化を進める原動力となったと同時に、持てるものと持たざるものの格差をさらに広げつつある。それは、国内的格差だけでなく、国際的格差として、先進国だけにとどまらず、途上国でも同様の傾向が見られる。さらに言えば、そうした影響は、ウイルスによる医学的パンデミックが収束した後でさえ、長く残り続ける。
 そしてその社会的影響のパンデミックが収束した時、私たちは、おそらく今とは明らかに異なる社会を迎えているに違いない。パンデミックは時に社会変革の先駆けとなる。これまでのパンデミックの歴史が私たちに教えてくれた教訓でもある。

<執筆者略歴>
山本 太郎(やまもと・たろう)
1990年長崎大学医学部卒。東京大学医学研究科博士課程修了。ジンバブエJICA感染症対策チーフアドバイザー、京都大学医学研究科助教授、コーネル大学感染症内科客員助教授、外務省国際協力局課長補佐等を経て、2007年から現職。
ジンバブエ、ハイチで長期に感染症対策に従事
著書:『抗生物質と人間』『感染症と文明』『新型インフルエンザ』(岩波新書)『エイズの起源』(みすず書房)『疫病と人類』(朝日新書)など。

この記事に関するご意見等は下記にお寄せ下さい。
chousa@tbs-mri.co.jp

ありがとうございます。今後の『調査情報デジタル』にご期待ください。
TBSが1958年に創刊した情報誌「調査情報」が、デジタル版の定期購読マガジンとしてリニューアル。テレビ、メディアに関する多彩な論考と情報を掲載。最新号のみ有料(200円)ですが、バックナンバーは常に無料でお読みいただけます。