『コロナ禍の奇跡』 ~スターズオンアイス2021 2年越しの開催までの決断~
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『コロナ禍の奇跡』 ~スターズオンアイス2021 2年越しの開催までの決断~

 【コロナ禍で開催できなかった「スターズオンアイス2020」。苦渋の選択で延期した「2021」にも中止の危機が。数々の危機を乗り切ったスタッフの苦闘と、彼らに訪れた『奇跡』とは】

知久 学(TBSテレビ 「スターズオンアイス」総合プロデューサー)

 『スターズオンアイス』
 1986年アメリカで誕生した世界最高峰と称される国際的アイスショーだ。最大の見所は世界中の超一流選手たちによるグループナンバー。豪華絢爛な夢の競演はこのショーでしか味わうことが出来ない。TBSは2014年からこのアイスショーを主催している。

忍び寄るコロナの影

 2020年1月
 スターズオンアイス2020の主な出演者を発表。そこには6年振りにこのアイスショーに帰って来た羽生結弦選手をはじめ、宇野昌磨選手、紀平梨花選手、ネイサン・チェン選手といった文字通り世界のスター選手たちがその名を連ねていた。中でも羽生結弦選手はTBSが主催して以来一度もこのショーには出ておらず、彼の出演は我々関係者全員の悲願でもあった。
 スター選手が勢揃いした効果は絶大で横浜アリーナでの4公演分、約32000席のチケットを求めて抽選申し込みが殺到、争奪戦が繰り広げられた。それは我々にとってこのショーへの大きな期待を改めて実感した瞬間でもあった。
 だがその時、すでに新型コロナウイルスの脅威がすぐそこまで迫っていることに我々はまだ全く気付いていなかった。

【引き続き、「苦渋の選択と、突然の電話から始まった<奇跡>」に続く】

 2020年2月

 外国人選手も含め出演者全員が確定し、プログラムやグッズの製作も始まり開催への準備作業は順調に進んでいた。あとは4月の本番を待つばかり・・・とはいかなかった。

 ちょうど同じ頃、国内における新型コロナウイルスの感染者数が爆発的に増え続けていた。我々は開催の準備を万端整えると同時に、開催中止に向けての準備も進めなくてはならないという苦しく複雑な事態に陥っていたのである。

苦渋の選択としての「一年延期」

 2020年3月
 最初の緊急事態宣言発令が確実となり、主催者による緊急会議が招集された。もはや通常通りの開催は不可能だった。ならば中止とすべきか、延期か、様々な思いが交錯する中、意見は真二つに分れた。議論は平行線のまま時間だけが過ぎていった。
 そして我々がようやく辿り着いた結論はこうだ。
 「今回チケットを手にした方々のスターズオンアイスを見たいという熱い想いを尊重すべきではないか。高倍率の抽選を経てようやく手にしたプラチナチケットを中止によって振り出しに戻してはいけない。会場、曜日、席番は変更せずに1年後への延期としよう。」
 1年先の公演への延期は異例中の異例。多くの批判や混乱を招く恐れもある。キャスティングについても始めから仕切り直しとなるため、2020年と同じ出演者にはならない可能性が高い。我々の想いとは裏腹に大多数のお客様が払い戻しをされてしまうのではないか、延期の決断は本当に正しかったのか、不安ばかりが頭を埋め尽くしていた。
 そしてついに延期を発表。お客様たちはどのような判断をくだすのだろうか。

 結果は払い戻し率約20%。
 一方で「中止にすべきだ」という厳しい批判や意見が少なからず寄せられたのも事実だ。しかし80%、約27000人の方々がチケットを握りしめながら1年先の夢の可能性に賭けてくださったのだ。そうした想いは日本中の方々の「コロナウイルスに負けてなるものか」という意志ともオーバーラップし、くじけそうな我々の心を支え続けてくれていた。
 「来年こそは必ず開催しなくてはならない。でなければこの想いを裏切ることになる」我々は決意を新たにしたのだった。
 今思えば、お客様たちの多くが払い戻しを望まなかったことこそが「最初の奇跡」だったと言えるのかも知れない。

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決まらない出演者、守れなかった約束

 2020年12月
 年末になってもコロナウイルスの猛威が収まらない。
 先行きが見えない中、全く出演者が確定せず第一弾の出演者発表を見送らざるを得なくなってしまった。3月の延期発表と同時に公表していた12月の出演者発表。その約束を守ることができなかった。我々を信じて待ち続けて頂いたお客様たちを裏切る結果となってしまったのだ。
 「延期という判断は本当に正しかったのだろうか」我々は再び深い霧の中に迷い込んでしまった。
 そして出演者発表と同時に締め切ることにしていた払い戻しについてはお客様が希望すればいつでも払い戻しが出来る環境を整えようと期限を延長することにした。

 2021年2月
 2度目の緊急事態宣言のさなか、我々はスウェーデン・ストックホルムで予定されているフィギュアスケート世界選手権の動向を注視していた。果たして開催されるのか、日本人選手は出場するのか。
 3月の最終週に予定されている世界選手権の開催が決定すれば翌週から始まるスターズオンアイスへの影響は避けられない。帰国後の選手に対し2週間の隔離措置が適用されるため世界選手権に出場した選手が我々のショーに出演するのは日程的に不可能なのだ。従って世界選手権の代表選手たちは世界選手権の動きが明確になるまで、我々の出演オファーに回答することなど出来るはずはなく、我々も出演者の確定、発表が遅れに遅れていた。コロナ禍の中で刻一刻と変化していく事態に我々は翻弄されていたのである。

 2021年3月
 世界選手権の実施決定の一報が我々の元に届いた。スウェーデンは完全バブル状態を作っての開催に踏み切ったという。
 こうなると日本代表選手たちの動向によってスターズオンアイス実施の可否が決まることになる。しかし、今年の世界選手権は来年の北京オリンピックに向けて各国の出場選手の枠数が決まる重要な大会。各国の代表としての責任を果たすために選手たちは出場するに違いないと我々は考えていた。数日後、予想通り日本代表選手団の世界選手権出場が正式に発表された。
 これで羽生選手をはじめ日本の主要選手のスターズオンアイス出演への道は完全に断たれてしまった。
 緊急会議招集、そしてスターズオンアイスの中止を決定した。
 断腸の思いとはまさにこういう時に使う言葉なのだろう。非常に辛い決断だった。
 「開催を信じ1年近くもチケットを握りしめ期待を胸に待ち続けて下さったお客様たちのためにも最後まで諦めずにギリギリまで開催を目指そう!」そうした我々の願いは実らなかった・・・かに見えた。

断念直前、突然の電話から始まった「奇跡」

 それは開催中止の発表直前のことだった。一本の電話が鳴った。横浜アリーナからだった。もともと開催を予定していた日程から2週間後の日程に空きが出そうだという。俄かには信じられなかったが、4月19日(月)から23日(金)の5日間、予定されていたイベントが急遽キャンセルになったため使用可能になったという。しかし24日(土)と25日(日)の2日間が空く可能性は今のところ五分五分だというのだ。
 そもそもアイスショーの開催には氷を何層も張りリンクを製作するのに最低3日、本番に4日、つまり丸々1週間が必要だ。このまま中止発表か、土曜日、日曜日が空くことを信じて再延期か、決断が迫られる。キャスティングも確定していないし、土日が空かない可能性もある。リスクは少ないとは言えなかった。
 この時点で、70%のお客様が未だにチケットを払い戻さず持ち続けて下さっていた。そうしたお客様たちの期待に応えるために。開催を約束した我々の想いを貫くために。
 もう迷いは消えていた。
 「可能性がほんの少しでも残されているならば、再延期しかない!」
 そうした我々の決断を待っていたかのように、3日後、会場から土曜、日曜の2日間も調整がつき、使用可能になったとの知らせが飛び込んできたのだった。
 これが我々に起きた「もうひとつの奇跡」だった。

 2週間後の日程となったことで世界選手権代表選手たちも物理的には我々のショーに出演することが可能となった。我々は吉報を待った。
 すると、宇野選手、紀平選手、坂本選手、鍵山選手から出演OKの返事が次々と舞い込んできた。そして羽生選手からも嬉しいメッセージが届いた。
 「今、日本中が大変な時期だと思います。僕も出来ることは精一杯やらせて頂きます。」
 延期を決断したことで、羽生選手をはじめ日本を代表する選手の皆さんが勢揃いしてくれることになったのだ。「これで1年間待ち続けていただいたお客様との約束をようやく果たすことができる。」関係者の眼には涙が溢れていた。
 急遽の再延期決定で準備の日数が足りないにもかかわらずTBS社内の全社的な協力で地上波テレビ放送やライブ配信も実現、スポンサー各社にも深いご理解を示して頂き多くの協賛をいただくことができた。
 様々な奇跡がさらに多くの奇跡を呼び起こしてくれたのだった。

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そして「開催」へ。

 2021年4月22日
 スターズオンアイス2021、初日。
 皆が待ちに待ったこの日、この時。
 出演者全員が日本人なのはスターズオンアイスが始まって以来今回がはじめてだ。
 しかしそれがかえって力強い団結感を生み出していた。
 コロナ禍で日本中が苦しむ中、日本人が持つ強さ、繊細さ、清らかさ、そうしたたくさんの日本人らしさを思い出させてくれる感動的で素晴らしいショーが完成した。羽生選手がリーダーシップを執り全選手をひとつにまとめてくれた。彼の気迫のこもった演技はまさに圧巻だった。そうした彼の想いが、出演者全員に伝わり、お客様全員に伝わり、関係者全員にも確かに伝わっていた。羽生選手がリンク上でマイクを握り日本中に向けて振り絞るようにエールを贈った。
 「苦しい世の中ですがほんの少しでいいので、僕たちの演技を見て元気になってください。一緒に頑張りましょう!」

 出演者全員が登場するショーのラストに桑田佳祐さんの楽曲「SMILE~晴れ渡る空のように~」を使わせて頂いた。その歌詞の冒頭に、

「長きこの地球の 歴史の一幕に
 立ち会うことを 奇跡と呼ぶのだろう
 永遠(とわ)に星は流れ 瞬くその間に
 人類(ひと)が織りなす
 夢と希望の舞台」

とある。今年の「スターズオンアイス」はまさにその「夢と希望の舞台」になったのである。ショーが終わり、ふと観客席に目を向けると多くのお客様の眼から涙が溢れていた。コロナ禍の今だからこそ、このショーの開催には大きな意味があったに違いない。

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 最後に
 ここまで「奇跡、奇跡」と書いておきながら叱られるかもしれないが、今回の様々な出来事は決して「奇跡」などではなかったのではないだろうか。
 未曾有のコロナ禍で日本中が苦しみ、悩み続けている。そうした今こそ、日本人一人一人が試練に立ち向かう力を試されていると感じずにはいられない。今回のアイスショーもすべてのお客様をはじめ、すべての出演者と関係者全員の熱き情熱と努力でいくつもの試練を乗り越えた結果として実現できたに違いない。それは決して「奇跡」という一言で片づけてはならないのだ。
 苦しい試練を乗り越えたからこそ、素晴らしい心を揺さぶる「夢と希望の舞台」が生まれ、日本中の多くの人々に勇気を授けることが出来たのだろう。

 日本中の皆様に、この場を借りて改めまして深く感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
 そして、この試練を一緒に乗り越えていきましょう。その先にある素晴らしきことを信じて。

7② 大会ロゴ-01

<執筆者略歴>
知久 学(ちく・まなぶ)
スポーツ局時代は「ニュースの森」や「スポーツ&ニュース」でスポーツニュースを担当。「関口宏のサンデーモーニング」ではチーフディレクターとして「御意見番コーナー」を立ち上げ、今でも「喝、あっぱれ!」の声は私の声だ。「みのもんたの朝ズバッ!」のプロデューサーなどを経て「赤坂サカス」立ち上げ時に事業部門に異動「冬サカス」のスケートリンク」や「夏サカス」「ママサカス」など多数のイベントをプロデュース。その後人工サーフィン場等を擁する複合スポーツ施設「品川大井町スポル」を立ち上げるなど様々な大型企画に参画。現在は世界最高峰のアイスショー「スターズオンアイス」の総合プロデューサーを務めるほか360度回転劇場「ステージアラウンド」の大型企画を多数担当している。また、事業部のコロナ対策チームのリーダーでもある。

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